橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

2011-01-01から1年間の記事一覧

田端「初恋屋」

今日は、必要があって文京区内をあちこち歩きまわる。たどり着いたのは田端で、田端文士村記念館が終点。田端の駅前には、深い切り通しの道路があって、田端文士村のあった丘は、無残にも南北に分断されている。とくに北側が小さく取り残された感で、ここに…

谷中「喜月」

ちょっと必要があり、谷中近辺を散策。谷中ぎんざはすっかり観光地化して、俗悪な臭いに支配されつつあるが、これと交差するよみせ通りの方は、古い商店街の雰囲気が残る。途中で見つけたのが、素朴な店構えのこの店。玄関に貼り紙があり、「当店の営業は水…

浜田信郎(監修)『さかなマニア』

居酒屋ブログ界のエース、浜田さんの新著。「監修」とあるように、すべてを浜田さんがまとめた訳ではなく、四人のライターが取材した本だが、文体をうまく真似て書かれているので、あたかも浜田さんの著書のようなテイストを感じさせる。 掲載されているのは…

池内紀『今夜もひとり居酒屋』

ドイツ文学者にして街歩きの達人・池内紀センセイの新著。『中央公論』に連載されていったエッセイの単行本化だが、連載時のタイトルは「居酒屋の哲学」だったらしい。哲学らしいところはたしかにあって、そのメインは居酒屋、または居酒屋の個々のアイテム…

ヤミ市研究会 in ハモニカ横丁

今日は、東大の建築史研究室でヤミ市研究会。終わった後は恒例の「現地調査」で、今回は吉祥寺のハモニカ横丁へ。予約しておいたのは「ハモニカキッチン」で、無国籍料理の他、すぐ横の「てっちゃん」のヤキトリを注文することもできる。しかし案の定、レバ…

沼袋「たつや」前の猫

仕事のあと、沼袋の「たつや」へ。ここへ来るときはたいてい、タクシーを最低料金だけ利用する。案の定、刺身はない。レバテキというのがあるので、これは中は生なのかと聞くと、「保健所のご指導の下、中はツルツルです」という。表面には焦げ目が付いてい…

レバ刺しを救え!

とんでもないニュースが入ってきた。 食中毒:生食用レバーの規制是非検討 厚労省審議会 焼き肉チェーン店「焼肉酒家えびす」の集団食中毒事件を受け、生食用牛肉の罰則付き衛生基準を検討する厚生労働省の審議会の初会合が28日開かれ、肉だけでなく、内臓…

「樽一」の「浦霞・震災酒ノーラベル」

高田馬場で一九五九年に創業し、今は新宿に店を構える「樽一」は、「浦霞」を、初めて東京で紹介した店である。震災後は、蔵元から荷崩れで中身の分からなくなった酒を引き受け、「浦霞震災酒ノーラベル」として出している。中身は純米または純米吟醸クラス…

虎ノ門「サラマンジェ」

今日は、知人の日本人・フランス人夫婦と、虎ノ門のフレンチへ。この夫婦(とくに夫)、フランス料理には強いこだわりがあり、いい店をいろいろ探してくる。この店は虎ノ門の駅の近くだが、路地裏の分かりにくい場所にある。 日本人向けに味は穏やかに、量は少…

レバ刺しを我らに

仕事のあと、大衆酒場好きなら誰でも知っている名店の支店へ。壁にあるこの貼り紙は、素晴らしい刺身で評判だったこの名店の、非情なる現実である。 何の問題もなく何十年もレバ刺しをはじめとする生肉を提供してきた名店の数々が、同じような状況にある。知…

湯島「岩手屋本店」 「酔仙」完売

今日は、京都からのお客さんを連れて、今年三度目の「岩手屋」である。震災の後、酒問屋の在庫をかき集めてしのいできた「酔仙」も、とうとうすべて品切れ。壁には、こんなメッセージがあった。 店主は、酔仙酒造が津波に流される映像を見たときのお気持ちを…

湯島「岩手屋本店」 陸前高田のウニ

湯島の「岩手屋」を再訪して、たいへんなものをいただいてしまった。「酔仙」の地元で、津波で市街全体を破壊された陸前高田のウニである。震災前に獲れたものを、冷凍してあったのだという。アワビの殻に詰めてから焼いたもので、「やきかぜ」という。わず…

自由が丘「間」

「間」と書いて、「あわい」と読む。福島県川俣町で古くから闘鶏用に飼われていた軍鶏を、食用の鶏と掛け合わせて作られた川俣軍鶏を出す店だというので、入ってみることにした。実は先日、満員で入れなかったので、店の前まで来たのは2回目である。まずは燻…

『東京レトロ酒場』

ミリオン出版のムック。「レトロ」というところに焦点を合わせて、たんねんに店を集めている。広く知られた名店を網羅した上で、記事から見る限りこれらと遜色ないと思われる、あまり知られていない店をいくつも紹介しているのは立派。ちゃんと取材すれば、…

有楽町「銀楽」

二軒目を求めて、有楽町の丸三横丁へ。「銀楽」を外からちょっと覗いてみたら、あの高齢女性と中年男性の親子の姿がなく、別の中年男が店をやっている。気になって、入ってみた。以前は注文しなくてもデフォルトの串焼きがでてくる店だったが、今は注文に応…

新橋「身知らず」

森まゆみさんの『望郷酒場を行く』に紹介されていて知ったのが、この店。会津料理を出す新橋の居酒屋である。店主の山田信彦さんは会津出身で、一〇年ほど前に脱サラして開店した。店内には、会津の観光ポスターが所狭しと貼られていて、メニューにも鰊の山…

久しぶりのレバ刺し

例の食中毒事件以来、レバ刺しなどのモツの刺身を出さなくなった店が多い。店の人に聞くと「手に入らなくなった」「保健所の指導で出せなくなった」などという。何十年もの間、大衆酒場の定番として何の問題もなく供されてきたモツ刺しが、危機に瀕している…

高橋渡『東京シネマ酒場』

著者は、二〇〇七年まで恵比寿ガーデンシネマの支配人を務めていた人物。映画人である。だから居酒屋ガイド本でありながら、映画史の本でもある。冒頭に置かれたのは、新橋の「ダイヤ菊」。小津安二郎の愛した酒の名を冠し、蔵元から取り寄せる店である。そ…

石原たきび編『ますます酔って記憶をなくします』

以前紹介した『酔って記憶をなくします』の続編。mixiのコミュでの投稿から傑作を集めたものだから、第二集となるとややインパクトが弱くなるのは、仕方のないところだろう。とはいえ、今回も抱腹絶倒のエピソードが満載。朝になってバッグを開けたら、生き…

「さばの湯」の鯖缶

帰り道に「さばの湯」に立ち寄ったら、店の真ん中に金色に輝く缶詰の山。店主の須田さんに聞くと、震災で全壊した木の屋石巻水産から、瓦礫と泥に埋もれた缶詰を買い取り、常連客たちが集まって洗ってきれいにして、売り出しているのだとのこと。缶詰は、五…

「KYODO406/経堂葡萄酒」

四月末、経堂の駅前に商業施設の「経堂コルティ」がオープンした。以前あった「経堂ジョイフル」が取り壊されてから、不便な暮らしを強いられていたが、これでずいぶん便利になった。四階のレストランフロアに飲食店が五軒あり、その中で酒がメインといえる…

下北沢「千真野」

家の近くに、こんな店があるとは知らなかった。岩手県のホームページからたどり着いて見つけたのが、この「千真野」。岩手県千厩町出身のご主人が、五年前に開いたという店である。 メニューには、南部地鶏、門崎牛、佐助豚、岩手鴨など、岩手の食材が並ぶ。…

「みちのく」

研究会のあと、京都からのお客さんを連れて銀座「三州屋」へ。しばらく飲んで食べて、有楽町の駅までお見送りしたあと、この店へ。 名前の通り東北料理が売り物の店で、青森の生姜味噌おでん、宮城のはっと汁、福島の鰊山椒漬、岩手の若布かき揚げ、山形の玉…

南新宿「郷土料理 三陸」

岩手・宮城・福島関係の居酒屋を探していて見つけたのが、この店。元は一軒家だったのだろうけれど、現在はビルの二階。大きなガラス張りで、ファミリーレストランのような外観だ。店内も、ほぼ食堂の雰囲気で、夕食を食べている人が多い。テーブルかカウン…

「えっ!?つくねっすか!?経堂店」

最近できた店らしい。アライブフードファクトリーが経営するチェーン店だが、まだ都内・近郊に数軒程度しかないようだ。店名にもなっているつくねを中心に置き、串焼きを十数種類揃える。一本一五〇円から二〇〇円が中心だから、あまり安くはない。つくねは…

「ささもと」

次に向かったのは、この店。串に刺して煮込むという、明治期に生まれたモツ煮込みの原型を出す、数少ない店のひとつである。銀座に支店があって、こちらは場所柄、高級牛の串焼きや刺身なども出す高級店。これに対して思い出横丁の本店は、思い出横丁として…

「樽一」の鯨珍味盛り合わせ

「樽一」といえば、私にとっては池袋店だった。名酒「浦霞」と東北の魚介類が売り物の店で、とくに穴子の炭火焼きは素晴らしかった。ロサ会館を通り過ぎた奥の、小さなビルの二階で、周囲のざわざわした雰囲気とは一線を画す別世界だったが、惜しくも一〇年…

戸越銀座「焼鳥エビス」

仕事の帰り、ふと思い立って、池上線に乗ってみた。 いまから二五年前、洗足池の看護学校で社会学の非常勤講師をやっていたことがある。教壇に立ったのは、これが生まれて初めてだった。学生は全員が女性で、授業の前後に起立・礼をするのに驚いた。いま大学…

森まゆみ『望郷酒場を行く』

雑誌『東京人』に連載されていたもので、東京にある郷土料理店を、東京料理も含めて四七都道府県全部探して制覇するという、とんでもない企画。さすがに無理があったようで、奈良は名酒「春鹿」を出す店、埼玉は同じく「神亀」を出す店、栃木は栃木出身者が…

吉祥寺「アヒルビアホール」

花見のあとは、上板橋の「もつ九」、阿佐ヶ谷の「吟雅」と飲み歩き、締めくくりは吉祥寺のハモニカ横丁へ。入ったことのない店を物色し、立ち飲みのこの店に入ることにする。入るといっても、路地に面したオープンスペースである。一年ほど前に開店したらし…