橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

高橋渡『東京シネマ酒場』

著者は、二〇〇七年まで恵比寿ガーデンシネマの支配人を務めていた人物。映画人である。だから居酒屋ガイド本でありながら、映画史の本でもある。冒頭に置かれたのは、新橋の「ダイヤ菊」。小津安二郎の愛した酒の名を冠し、蔵元から取り寄せる店である。その他、大滝秀治が常連だった富士屋本店、カウリスマキ監督がエビスを世界一のビールだといったというのでエビスビール記念館、森田芳光監督の「間宮兄弟」の舞台になった立石の「栄寿司」、ゴールデン街にある映画人のたまり場「ジュテ」、といった具合である。
実は、紹介されている店の大部分は映画とは関係がない。関係があるといっても、単に著者の思い出の中で結びついているにすぎないことも多い。だから、普通の居酒屋本として読むこともできる。ところがどうしたことか、これまでの居酒屋本とは、紹介されている店の顔ぶれがずいぶん違う。半数近くは、私の知らない店である。私のような居酒屋ブロガーは、それなりに情報を集め、また情報交換し合っているから、多数の居酒屋を知っている。とはいえ、いつの間にかブロガー文化のようなものを作ってしまっていて、特定のタイプの店ばかりに注意が向いていたりはしないか。そんなことを反省させられる。今はなき「内外タイムス」に連載された記事をまとめたもの。

東京シネマ酒場 あの名作と出逢える店を酔い歩く

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