橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

日本各地

勝沼「ぶどうの丘」

今年も恒例のゼミ合宿で、勝沼へ。「ぶどうの丘」に宿泊し、二日間にわたって学生たちに卒論研究に向けた報告をしてもらう。二日目の午後は、希望者だけでいくつかのワイナリーを回ってから解散。そのあとは、これもいつもの通り、一人で「ぶどうの丘」に戻…

高崎「だんべ。」

帰りは、高崎駅から新幹線。高崎駅の売店の充実ぶりに感心し、買い物の目星をつけてから、居酒屋を物色する。駅の周辺は店が少なく、チェーン店ばかりが目につくが、歩道橋の陰になって目立たないこの店を見つけて、入ることにする。 ビルの一階で、カウンタ…

群馬「磯部梁」

今日はツアーで富岡製糸場へ。明治初期の洋風建築の織機の並ぶ室内を見学し、製糸の工程を説明するビデオをみる。製糸というものが、初めてよくわかった。それにしても、人間の細かい作業をよく機械に写し取ったものである。ある意味では、ロボットの発想に…

松江「佐香や」

そして三軒目は、大橋川の当たりを歩いていて見つけたこの店。店先に島根県産酒の名前を書いた木札がずらりと並んでいるのを見れば、入ってみないわけにはいかない。 いただいた酒は、十旭日の純米吟醸生原酒・山田錦五五木槽しぼり、豊の秋特別純米生原酒、…

松江「大衆割烹なわのれん」

二軒目は、この店。普通の店構え、普通の店内だが、この店は当たりだった。郷土料理系居酒屋だが、メニューの種類が多く、しかも安い。しじみの酒蒸し(六〇〇円)は、濃厚ながらすっきりした味。アゴの子の煮付け(五〇〇円)は、プチプチとした歯応えが楽しめ…

松江「やまいち」

仕事で松江へ。夜は当然、飲みに行くわけで、とりあえず向ったのはこの店。大橋川の川縁にあるこの店は、太田和彦の「居酒屋味酒覧」にものってるから、名前だけは知っている人もいるだろう。 カウンター一〇席ほどと小上がり三卓と、こぢんまりとした店内は…

大分「みどり」

夜も更けてきた。最後に行くのは、都町屋台街と決めていた。一〇年ほど前、地元の人に連れられて飲み歩き、最後にたどり着いたのがここである。二〇メートルほどの路地の両側に、小さな店が六軒ずつあり、白地に太い墨文字で統一された看板が並んでいる。居…

大分「楽天食堂」

中心街に戻り、もう一軒、肉料理を出す店へ行ってみることにした。それが「楽天食堂」である。焼肉屋で修業していた店主が、この店を開いたのは一〇年前。メニューの中心は豚、鶏、野菜などの串焼きと、湯布院産の牛タン料理である。なかでも牛タンステーキ…

大分「居酒亭 時」

高杉良の小説『生命燃ゆ』は、大分市にある石油コンビナート建設の中心を担った実在の技術者が主人公。建設が始まった頃、大分はホテルも旅館もない田舎町だった。そこで割烹料理屋と契約して別棟を借り受け、社員の宿泊所にあてたと書かれている。「こつこ…

大分「こつこつ庵」

次に行ったのは、太田和彦の本でも紹介されている有名店、府内城址近くの「こつこつ庵」である。まず、外観に驚かされる。堂々たる切妻屋根の木造建築だが、正面の壁面が古いホーロー看板で埋め尽くされている。店内にも所狭しと飾られているが、最近流行の…

大分「赤ダルマ」

次に向かったのは、焼酎の名店として知られる「赤ダルマ」。店に入ると、左右の壁にずらりとボトルが並んでいるのが目に入るが、焼酎に少し詳しい人なら驚くに違いない。入手困難な幻の名酒といわれる「村尾」「森伊蔵」「魔王」の一升瓶が、所狭しと並んで…

大分「ふぐやの居酒屋 ぶるーむ」

大分はふぐの本場でもある。次に入った「ぶるーむ」は、老舗ふぐ料理店が「ふぐやの居酒屋」と称して営む店だ。なるほど、居酒屋である。店の中心は一四席あるL字型のカウンターで、ここに座れば、板前たちがふぐを調理する様子を見ながら飲むことができる…

大分「遇の店 椿屋」

しばらく前のことになるが、「嗜み」の取材で行った大分の居酒屋を、いくつか紹介しよう。 まずは、「遇の店 椿屋」。駅に近いアーケード街から細い路地に入った、分かりにくい場所の小さな店。銀座の大分料理店「坐来」の店長に教えてもらったが、そうでも…

高知観光と吉田類さんの名刺

赤羽で吉田類さんたちと座談会をしたとき、名刺交換で名刺をいただいた。「高知県観光特使」の肩書きの名刺で、裏を見ると「高知県立施設等無料入場券」とある。県立の観光・文化施設と公立施設のいくつかが、この名刺を見せると無料で入場できるというので…

高知「大吉」

仕事を終えて土佐最後の夜は、まずこの店へ。あちこちのガイドブックにも載っている有名店なので、中身はどうかなとも思ったのだが、店先へ行ってみると、地元客らしい人々が次々に吸い込まれていく。これはいい店に違いないと入ってみて、大正解。 地元の名…

高知「オーベルジュ土佐山」

高知に移動して、二泊目はちょっとぜいたくな宿に泊まることにする。高知市内から車で三〇分くらい、温泉の湧き出る山の中にある、ゆったりスペースを取ったホテル・レストランである。部屋は二種類あり、二階建てのホテル棟の部屋と、吊り橋を渡った場所に…

四万十市「一煎」

この日の二軒目に入ったのは、この店。いかにも地元客相手の普通の居酒屋という趣で、しかも表に出ている品書きに「天然あゆ塩焼(二匹) 八〇〇円」とある。「たにぐち」にも天然鮎はあったが、それなりの値段だったし、今は季節ではないということで食べなか…

四万十市「たにぐち」

調査のため、高知へ。一日目は、高知竜馬空港(何というネーミングだ)から四万十市へ直行し、車で数カ所回ってから、中心街の中村で夕食。入ったのは、郷土料理で知られるこの店である。 まずはビール(キリンとアサヒがある)でのどを潤し、後は地元の司牡丹。…

名古屋「大甚」

先々週に続いて、名古屋出張。仕事を終えて、伏見駅そばの「大甚」へ向う。週末のせいか、五時前というのにもうほとんど満員状態。一人の初老の客が入り口の戸を開け、中をのぞき込むなり諦めて引き返してくる。あ、だめかと思ったが、いちばん奥の隅が一席…

名古屋「元気酒場 呑んき」

三軒目を求めて、栄の街をさまよう。黒板に「名古屋名物 手羽先唐揚げ 名古屋コーチン串 味噌串カツ どて煮」などとあり、しかも酒のメニューにホッピーがあるというので、入ってみたのがこの店。外観からすると、地元の個人が経営する大衆酒場という感じな…

名古屋「富士子」

二軒目はどこにしようかと栄界隈を歩きまわるが、なかなか適当な店が見つからない。このあたりでどうかと、入ってみたのがこの店。周りには呼び込みの兄ちゃんたちが何人もたむろしているが、気にせずに中へ。ビール中瓶と中生が六三〇円、酎ハイ類が五〇〇…

名古屋「大酒場 だるま」

仕事で、名古屋へ。名古屋といえば名店「大甚」だが、これは別の日に取っておくとして、ちゃんと探索したことのない栄界隈を物色する。名古屋は居酒屋不毛地帯といわれることがないではないが、たしかに心惹かれる居酒屋は少ない。まずは行ってみたのが、こ…

勝沼「ぶどうの丘」

今年もゼミ合宿で勝沼へやって来た。「ぶどうの丘」に宿泊して、一日目は一時から六時、二日目は九時から一二時というハードスケジュールで卒論に向けた研究発表。午後は、希望者だけで新装したメルシャンのワインギャラリーなど三ヶ所を回って解散し、一人…

静岡「青葉おでん街」

次に、大通りを隔てた場所の「青葉おでん街」へ。もともと屋台の置き場だった場所が、露店整理でそのまま飲食店街になったという小さな横丁だが、何ともいえない風情がある。ここでは、「藤の家」と「なごや」を梯子する。 狭い通路の斜め向かいどうしの二つ…

静岡の横丁と「三河屋」

静岡へ戻ることにした。目指すは、横丁の居酒屋だ。 静岡には古い居酒屋横丁が多いが、その起源は戦争直後の屋台である。繁華街を東西に二分する青葉通りとその周辺には屋台が林立し、最盛期には百軒近くになったが、後に規制で移転を余儀なくされ、六八年ご…

清水「河よし」

次に向かったのは、駅から五分ほど歩いた場所にある「河よし」。店構えと内装に関する限り、冴えない平凡な居酒屋だが、メニューが違う。手の込んだ料理が二〇数種類あり、どれを試してみても、長年料亭に勤めたという主人の腕が冴えわたる。 たとえば枝豆豆…

清水「金の字・本店」

翌日は、まだ日が高い時間から清水へ。まず入ったのは、駅前にある「金の字」。B級グルメブームに乗って生まれた清水の新しい名物はモツカレー、つまりカレー味のモツ煮込みだが、この店はその発祥の地である。二代目主人の杉本重義さんによると、モツカレ…

静岡「橋」

静岡が日本酒の銘醸地として広く認められるようになったのは、最近のことだ。今では吟醸酒の質の高さで定評があるが、その立役者が、静岡県工業試験場で開発された静岡酵母である。この酵母を使った酒は、華やかさを誇示するというより、ふんわりした品の良…

静岡「鹿島屋」

次に向かったのは、七月にも行った老舗の「鹿島屋」。創業は一九二八年で、現在の主人・角田光春さんは三代目。この店の初代と「多可能」の初代は、近くの酒問屋でいっしょに修行したことがあり、その縁で両店は今でも親しい間柄なのだという。 名店として並…

静岡「多可能」

二泊三日の予定で、静岡へ。七月にも訪問したばかりだが、今度はさほどの用事もなく、もっぱら居酒屋が目的である。 静岡は城下町だが、駿府城の天守閣は早くに失われ、残る御殿や城門も明治に入って取り壊されたから、壕と城壁以外は残っていない。一九四〇…