橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

大分「遇の店 椿屋」

classingkenji2011-02-18

しばらく前のことになるが、「嗜み」の取材で行った大分の居酒屋を、いくつか紹介しよう。
まずは、「遇の店 椿屋」。駅に近いアーケード街から細い路地に入った、分かりにくい場所の小さな店。銀座の大分料理店「坐来」の店長に教えてもらったが、そうでもなければ見つけられそうにない。
カウンター八席と、四人座るのがやっとの狭い座敷。この店を一人で切り盛りする女将さんの料理は、地元の素材を使い、随所に工夫を加える。たとえば最初に出された一皿は、火を通して皮をむいた茄子とイカの刺身を盛り合わせたもの。一見すると珍しくないが、茄子は昆布締めにしてあり、これを日田名産の鮎の魚醤で食べさせる。関サバの身を胡麻ダレに漬け込んだ「りゅうきゅう」は、大分の代表的な郷土料理だが、歯応えを残すため漬け込む時間は一〇分にとどめる。酒と焼酎も、いいものを選んでおいている。
店名の「遇」とは、店はたまたま見つけた美味しいものを出し、客は思いがけず食べたかったものと出会う、そんな出会いのことだという。フランス料理店を営んでいたこともある坂口さんは、食材や料理にとても詳しいが、行き着いた先は、大分の季節の素材を使った料理だった。おそらく、出会いをつくり出すのにいちばん適した料理と分かったからなのだろう。(2010.10.15)

大分市中央町1-5-8
18:00〜23:00 日月祝休