橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

静岡の横丁と「三河屋」

classingkenji2010-09-13

静岡へ戻ることにした。目指すは、横丁の居酒屋だ。
静岡には古い居酒屋横丁が多いが、その起源は戦争直後の屋台である。繁華街を東西に二分する青葉通りとその周辺には屋台が林立し、最盛期には百軒近くになったが、後に規制で移転を余儀なくされ、六八年ごろ六つの横丁が形成された。現在でも五つが残されているが、なかでも多くの客を集めるのが、青葉横丁と青葉おでん街である。どちらも赤提灯が狭い通路の両側に整然と並び、何ともいえぬ風情がある。店の多くが出す静岡おでんの特徴は、牛すじを使った濃厚な汁と、仕上げにかける出汁粉と青海苔だ。
屋台当時とは経営が変わった店が多いが、二代目が営む店もいくつかある。その代表格が、青葉横丁の「三河屋」だ。四八年に屋台を始め、現店主の木口元夫さんが父親から受け継いでもう四〇年。おでんの汁とフライのソースは、創業からつぎ足しながら使っている。おでんも美味だが、ここでは焼きレンコンを忘れてはいけない。炭火で焼いたレンコンは、生のようなシャキシャキ感があり、焼けこげた醤油の香りが素晴らしい。
全国的に見ると、この種の横丁は再開発で姿を消すことが多い。潰してビルにしようなどという話が持ち上がったことはないのかと尋ねると、店主はきょとんとした顔をして、「いいえ、全然」とおっしゃる。愚問だったようである。

静岡市葵区常磐町1-8-7 青葉横丁
17:00〜22:00 日・第2第3月休