橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

静岡「青葉おでん街」

classingkenji2010-09-14

次に、大通りを隔てた場所の「青葉おでん街」へ。もともと屋台の置き場だった場所が、露店整理でそのまま飲食店街になったという小さな横丁だが、何ともいえない風情がある。ここでは、「藤の家」と「なごや」を梯子する。
狭い通路の斜め向かいどうしの二つの店は、屋台時代から互いに顔見知りの女将が、それぞれ一人で切り盛りしている。女将の個性もあって、「藤の家」は明るい笑いが絶えず、「なごや」はしみじみ癒やされる雰囲気がある。ともに七〇歳を超えていらっしゃるというが、若々しく凛とした立ち姿だ。「静岡は、よくこんな横丁が残っていますね」。女将に話しかけると、横からお客さんたちが口をはさむ。「そりゃ、こんな人らが飲みに来るから」「ははは」。
静岡の商店街が元気なのは、規制緩和が叫ばれた時代も郊外型大規模店の規制を続け、同時に商店街の側も、客をひきつける努力をしてきたからだといわれる。しかし魅力的な居酒屋街が、客を離さなかったのも一因だろう。観光客も多く、この日も大阪から来たという女の子の集団が、きゃあきゃあ言いながら見物に来ていた。
外に目をやれば、向かいも左右も同じように小さな店。赤提灯が揺れ、客の笑い声が聞こえてくる。もう遅い時間だ。夜の帳は静岡おでんの汁の色にも似て、酔客たちを浸していくのである。

静岡市葵区常磐町2-3-6