橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

青森「駅前銀座」

classingkenji2010-06-03

タクシーを拾って、駅前に戻る。もう遅い時間だが、昼間に通りかかったときから気になっていた一角がある。駅を出て左側、狭く薄暗い路地に小さな店が軒を並べる「駅前銀座」である。看板に「ばあばの店 田舎料理」と書かれた「うさ美」に入ってみることにした。
もともとあった小さな店をつなげて作ったらしく、店内は厨房をはさんで二つに分かれている。女将に聞くと、この「駅前銀座」は、もともと引揚者たちが始めた、青森でいちばん古い飲食店街なのだそうだ。もとは他の人が経営していたが、四〇年前に宇佐美さんが引き継いだ。賑やかだった頃は、青函連絡船に乗る客が行き交い、店内にまで汽笛が鳴り響いたという。
この晩、もう「田酒」を五合は飲んでいるという女将が、ほろよい口調でいう。駅前の市場はつぶしちゃったし、この近くにも店があったのに、きれいに直しちゃったのサ。ここは古いがらくたみたいな汚いとこだけど、でも逆に、その方がいいのサ──。おっしゃる通り。こんな風情のある居酒屋街を消してしまってはいけない。
地元では、アウガの巨額負債が問題になっている。市場が整理され、地元客が減ってしまったのが原因だという声を聞いた。かつては卸売市場も駅の近くの海岸沿いにあったが、五キロも離れた郊外に移転し、賑わいが失われた。「五事」の女将も、「青森市も余計なことしますねぇ、いやんなっちゃって」と憤っていた。これに郊外型大規模店舗の増加が拍車をかけ、市街地の衰退が進んでいる。
最近では青森市も反省し、商店街と協力して中心部の活性化を目指しているという。時が止まったかのような等身大の市場と居酒屋街は、都市の魅力の源泉でもある。東京の「新宿思い出横丁」や「吉祥寺ハモニカ横丁」の賑わいを見れば、このことがよく分かる。すっかり酔った私と「うさ美」の女将は、百歳のお祝いをこの場所でやろうと約束し、また「田酒」で乾杯したのだった。(2010.4.29)

青森市安方1丁目3-24