橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

酒の本

小林章夫『パブ 大英帝国の社交場』(講談社・1992年・600円)

英国のパブというのはまだ行ったことがないが、「居酒屋考現学」を提唱する私としては避けて通れない。本書は11世紀頃のインやエールハウスといった前身から説き起こし、現在(といっても15年前だが)に至るまでの歴史を描いたもの。とくに、その社会的機能が…

神澤柚実子『日本酒ソムリエが通う 東京のizakaya』(青春出版社・2003年・1380円)

若い(たぶん)女性の日本酒利き酒師が、新感覚で女性に喜ばれそうな居酒屋を中心に紹介している。「シンスケ」「きたやま」「串駒」といった、古典的名店も紹介されてはいるが、それは巻末近いモノクロのページでのこと。カラーのページで紹介されているのは…

山科けいすけ『C級サラリーマン講座』

ビッグコミックに連載されている四コマ漫画だが、最近知って、最新のものを二巻だけ買って読んでみた。現実味のないただのギャグが中心だが、リアリティがあって哀愁を感じさせるものもいくつかある。そして、そんな作品には、しばしば場末の酒場が登場する…

『かわら版 人世横丁』

この冊子は、人世横丁商店会がその歴史と現在をまとめたものである。5月15日の『朝日新聞』によると、この横丁がかつて色町だったとする本があり、これを客から見せられた商店会の会長さんが「すごく悔しかった。何とかして活字で正したかった」と、まとめる…

ラズウェル細木「酒のほそ道 呑ん兵衛散歩」

ラズウェル細木の「酒のほそ道」は、これまで読む機会がなかったが、もう二〇巻まで出ているというくらいだから固定読者の多い人気マンガなのだろう。今回読んだ「呑ん兵衛散歩」は、その中から都内各所へ少し遠出をして飲み歩くというストーリーを集め、取…

アルコール健康医学協会編『シリーズ酒の文化』全四巻

「日本の酒の文化」「世界の酒の履歴書」「酒の社会史」「酒と現代社会」の四巻からなる、酒と文化についての総合的な講座もの。三〇編の論文を収め、合計でおおよそ七五〇ページ。空前絶後の企画といえるだろう。酒と古典芸能、落語と酒、短歌・俳句と酒、…

「番番」「TOKIO古典酒場」

三月二五日の座談会の様子が掲載されたムックが出た。三栄書房の「TOKIO古典酒場」である。「鈴傳」「みますや」「魚三」「大はし」などといった定番を押さえたうえで、「神谷酒場」「遠太」「万世橋酒場」「秋田屋」といった大衆酒場や焼鳥屋、それに…

山本淳子「源氏物語の時代」

これを「酒の本」に入れるのは、少々無理があるかもしれない。にもかかわらず紹介するのは、著者が私の掲示板である「居酒屋とり橋」の常連、紫式部こと山本淳子さんだからだが、しかし理由はそれだけではない。本書には、宮廷の住人たちの飲みっぷりや酔態…

「なぎら健壱の東京居酒屋 夕べもここにいた!」

『サンデー毎日』の連載記事をまとめたもの。あまたの居酒屋本との違いといえば、正統派居酒屋や料理の美味い店だけでなく、フォーク酒場やらカントリー酒場やらが登場するところ。私自身は、この手の店に行きたいとは思わないのだが、著者の個性がよく現れ…

ブラボー川上・藤木TDC『東京裏路地〈懐〉食紀行』

これは、面白かった。私とほぼ同年代の不良中年二人が、闇市の雰囲気を残す都心の飲食店街、同じような雰囲気を持つ場末の飲食店を食べ飲み歩くという趣向で、東京に残る闇市文化をよく伝えている。考えてみれば、闇市の飲食店はわずかな資源を最大限に動員…

佐々木道雄『焼肉の文化史』

これは、かなり衝撃的な本である。焼肉や焼とん、ホルモン料理の由来などについての俗説を精緻に検討し、その大部分を否定・修正している。たとえば、ホルモンは「放るもん」から来たとか、モツ焼きはヤミ市で韓国・朝鮮人が始めたとか、プルコギは韓国焼肉…

松平誠『ヤミ市 幻のガイドブック』

著者は都市の祭の研究で知られるが、この本は豊島区郷土資料館と江戸東京博物館から、ヤミ市についての提示の企画を依頼されたことを契機に始めた研究を、一般向けにまとめたものである。これがなぜ「酒の本」か。ヤミ市のかなりの部分が飲食店だったから、…

大道珠貴『東京居酒屋探訪』

著者は、一九六六年生まれの芥川賞作家。この人の小説は、まだ読んだことがない。『本』という講談社のPR誌があって、昨年一〇月号に拙著『階級社会──現代日本の格差を問う』の紹介を書いたのだが、たまたま同じ号に著者がこの本の紹介を書いており、興味…

森下賢一『銀座HOW TOバーフライ』

一九九〇年刊のエッセイ。長年銀座でバーと酔客を観察してきた成果が凝縮した本で、とくに「方向音痴と豹変男」「もどり酒シンドローム」のところは抱腹絶倒。面白い読み物でありながら、バーでのたしなみやマナーについても書かれていて、参考になる。情報…

川本三郎『我もまた渚を枕』

何冊目かになる『東京人』連載の単行本化。川本さん、今回は東京の近郊、船橋や銚子、岩槻などといった、ちょっと足を伸ばした場所を一泊二日でめぐり歩いている。文学と映画への造詣を背景に、私のような凡人ではとても発見できないだろうと思われる、古き…

端田晶『小心者の大ジョッキ』

恵比寿ガーデンプレイスに、恵比寿麦酒記念館がある。玄関を入ると、横に広い半円形の階段を下りたところに、グランドピアノを備えたホールがある。予約すれば演奏することもでき、休日ともなれば、ミニコンサート気分を味わおうというピアノ愛好者たちが集…

文藝春秋編『東京いい店うまい店2007−2008年版』

一部では、『日本のミシュラン』とも呼ばれているそうな。創刊四〇年を誇る、今日のグルメガイドの原型を築いた本の、最新版。おそらく一九八〇年代の中頃から、二年に一回改訂されるようになっているが、毎回買ってもたいして役に立たないかと思い、二回に…

怒濤の酒呑み隊『東京 朝から飲める店・昼から飲める店』

タイトルをみて、思わず買ってしまった。今後、力を入れなければならない研究対象である。体が資本とはよく言ったものだ(笑)。 赤羽の「いこい」「まるます家」、銀座の「三州屋」、池袋の「ふくろ」、御徒町の「大統領」などの有名店を押さえ、さらにガード…

川本三郎『旅先でビール』

川本三郎三人説というのがあるそうな。映画評論、文芸評論、都市論と三つの分野で膨大な数の著作をものにしているので、こんなことが一人でできるはずがない、三人いるはずだ、というわけである。しかしこういうエッセイだと、三つの分野が完全にクロスオー…

日本酒場通史 『酒場の誕生』 

編者は、酒食についてのエッセイで知られ、長野県で農場とワイナリーも経営する玉村豊男。執筆陣は海野弘、森下賢一、枝川公一など。なんといっても、冒頭におかれた海野弘の「江戸の酒場繁昌記」が圧巻である。八世紀半ばにはすでに酒場らしきものがあった…

ノンフィクションとしての居酒屋論 『下町酒場巡礼』

著者は、大川渉、平岡海人、宮前栄の三人。一九九八年に正編が出版され、好評の故か二〇〇〇年に続編が出版された。現在は、文庫で入手することができる。紹介されたのは合計八十八店で、著者たちはこれを四国八十八ヵ所のお遍路になぞらえている。たしかに…