橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

文藝春秋編『東京いい店うまい店2007−2008年版』

一部では、『日本のミシュラン』とも呼ばれているそうな。創刊四〇年を誇る、今日のグルメガイドの原型を築いた本の、最新版。おそらく一九八〇年代の中頃から、二年に一回改訂されるようになっているが、毎回買ってもたいして役に立たないかと思い、二回に一回くらい買っている。しかし一読して驚くのは、前々回の2003-2004年版と比べても、店の顔ぶれが大きく変わっていること。とくに西洋料理店などは、両方に載っている店を探すのが難しいほどだ。眼目の「酒亭・おでん」の項目は比較的変化が少ない方だが、それでも両方に載っているのは一七軒中一〇軒に過ぎない。
それだけ、店の栄枯盛衰が激しいということだろうが、それだけではあるまい。定期的に更新されるこのようなガイドブックの場合、内容の変化が小さければ読者は買おうとしないだろう。販売戦略的には、更新は多い方がいい。その結果、同レベルの店が新しく登場または発見された場合は、古い店が外されるのではなかろうか。だとしたら、店にとっては迷惑な話である。居酒屋でいえば、たとえば大塚の「串駒」や池袋の「坐唯杏」が外されている。この二店、私自身はずば抜けた店とは思わないが、さほど落ち度があるとも思えない。
もう一つの問題は、相変わらず地域的な偏りが大きいこと。掲載されている店の多くは銀座・赤坂・渋谷とその周辺で、東部は浅草を除けば少なく、西部はといえば著しく東急線と中央線の沿線に偏っている。要するに、東急線か中央線の沿線に住み、都心部に出没する人々の視点から書かれているのである。
批判めいたことばかり書いたが、それでも本書が、日本でもっとも信頼できる東京のグルメガイドであるという事実は動かない。手元に置いたことのない人には、ぜひ一度買ってみることをお勧めする。すでに買ったことのある人の場合だが、西洋料理中心の人なら新しく買った方がいいし、日本料理中心の人なら、私のように二回、あるいは三回に一度買い、旧版も手元に置き続けるのがよかろう。

東京いい店うまい店〈2007‐2008年版〉

東京いい店うまい店〈2007‐2008年版〉