橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

福岡「ひょうたん寿司」

classingkenji2006-12-26

26日のお昼ごろ、福岡に到着。今回は仕事ではなく、酒と料理、そして温泉を求めての旅である。ホテルに荷物を置き、まず昼食に訪れたのが、天神ソラリア近くの「ひょうたん寿司」である。
昼なのでランチを注文するという手もあったのだが、旅の第一食目。それにふさわしい美味しいものを食べようということで、お好みで注文することにした。酒は、サッポロ黒ラベルの中瓶を注文。まず、どうしても食べたかったのが、鯨の盛り合わせ。さえずり、百尋、うね、ベーコンがたくさん盛り込まれて、いずれも大変美味しい。どうやら長崎から仕入れているようだが、値段も良心的だった。鯨は今や貴重品なので、見つけたときには食べることにしているが、今回は、百尋とさえずりまでいただくことができて、大満足。あとはお好みで、鯖や穴子、鯛、平目、佐賀牛のあぶりなどを握ってもらったが、いずれも質が高かった。珍しいのは、写真のような姫アワビを丸ごと一個使った握り。注文すると目の前で殻をとって手早く処置をし、握ってくれる。固いかなと思ったが、そんなことはない。小さいといっても、味は遜色ない。これで三九〇円なら安い。
夜は、いちおう定番を押さえておこうと、有名店「てら岡」へ。当然、イカの活け作りを注文。ガラスのように透き通った刺身は澄み切った味わい。イカの刺身にねっとりした甘みを求める人には向かないが、これがイカ料理の一つの頂点であることは間違いあるまい。刺身を食べた後には、ゲソとエンペラを天ぷらにしてもらう。刺身についてはねっとり派の人でも、この生きたイカを天ぷらにしたときのうまさは認めるだろう。
いったんホテルに戻り、休憩した後は屋台のラーメンを食べに出かける。とくに目当ての店はなかったので、いちばん行列が長く、しかも客の回転が速そうだった「一竜」を選ぶことにした。客の回転を速くするためか、それとも寒さのせいか、スープがちょっとぬるいのが残念だったが、確かにうまい。行列ができるだけのことはある。
行列を待つ間、後ろについた若い男女の話が耳に入った。主に話していた男の方は、フリーターらしい。会話は、もちろん博多弁だが、概略こんな内容──貯金をすることにして銀行に口座を作ったんだ。毎月一万円貯金してる。バイトが変わって時給が上がったので、貯金できるようになった。このあいだはボーナスが出たので、二万円貯金できた。それでも、まだ貯金は六万円。少なくて、ごめんね。女の方は「ううん」といって首を横に振り、計画的にやらないと貯金ってできないね、という。注文したのは、男が大盛り、女が並。こんな若者たちが、いま日本には何百万人もいる。肩を寄せ合っておいしそうにラーメンを食べる二人に、心の中で「がんばれよ」と声をかけた。(2006.12.26)