橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

森下賢一『銀座HOW TOバーフライ』

一九九〇年刊のエッセイ。長年銀座でバーと酔客を観察してきた成果が凝縮した本で、とくに「方向音痴と豹変男」「もどり酒シンドローム」のところは抱腹絶倒。面白い読み物でありながら、バーでのたしなみやマナーについても書かれていて、参考になる。情報量は多く、クラブやバー、居酒屋などの名が多数出てくる。しかし、これも今では時代の記録。もともとクラブやバーのことはほとんど分からないのだが、私の守備範囲のビアホール、居酒屋をとってみても、多くの店がバブルとバブル崩壊、建物の老朽化などを経て消滅している。たとえば、仙台酒場、ピルゼン、お多幸本店など。これがわずか、一六年の間の出来事である。場所柄、社用族を観察することが多かったらしく、彼らの行動への観察眼は鋭い。上役より高い酒を飲んではいけない、いつも安い水割りへ右へならえ。そんな習慣も、確かにかつてはよく目撃した。
一度絶版になったが、現在はタイトルを変えて、角川文庫に収められている。短いエッセイが三つだけ付け加えられているが、他は古い記述もそのままで、そのことがかえって、高度経済成長からバブル期までの記録としての価値を高めている。

銀座の酒場 銀座の飲り方 (角川ソフィア文庫)

銀座の酒場 銀座の飲り方 (角川ソフィア文庫)