橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

松平誠『ヤミ市 幻のガイドブック』

著者は都市の祭の研究で知られるが、この本は豊島区郷土資料館と江戸東京博物館から、ヤミ市についての提示の企画を依頼されたことを契機に始めた研究を、一般向けにまとめたものである。これがなぜ「酒の本」か。ヤミ市のかなりの部分が飲食店だったから、当然、当時の酒事情やヤミ市の居酒屋のことがかなり詳しく書かれている。そして何より圧巻なのは、ヤミ市の居酒屋・焼鳥屋・おでん屋のようすが見事に再現された、江戸東京博物館展示の「新宿ヤミ市模型」の写真とその解説である。ある店では、海軍の戦闘服を着た男たちが茶碗を叩いて合唱している。別の店では、物書きの先生が出版社の社員と新米作家を相手に講釈している。またある店では、ヤミ商売で儲けて酒盛りをしている男のポケットから、スリが財布を抜き取ろうとしている。見ていると、ヤミ市の居酒屋にタイムスリップしたような感覚を覚える。
東京の駅前飲食店街のかなりの部分は、ヤミ市を前身としている。そのことをちょっと頭に入れて飲めば、感慨もわいてこよう。今度この本を持って、ガード下へ行ってみようと思う。残念なことに現在品切れだが、古本はかなり出回っている。

ヤミ市幻のガイドブック (ちくま新書 (040))

ヤミ市幻のガイドブック (ちくま新書 (040))