橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

新橋ヤミ市と「女王蜂と大学の竜」(石井輝男監督・一九六〇年)

classingkenji2009-06-02

明治初期、新橋は文明開化の窓口として栄えた。東京駅ができてからは、やや目立たなくなるが、それでも銀座の延長上の盛り場として、多くの人々を集めた。
戦争が、新橋を大きく変えた。銀座はコンクリート造りの耐火建築が多く、松屋松坂屋、和光など主だった建物は焼け残り、再建も早かった。ところが新橋は、鉄道のガードを除いてほぼすべての建造物が焼失し、そこに都内でも最大級のヤミ市が形成されたのである。鉄道で集められた食料、米軍から流れてきた物資が売りさばかれた。横の飲み屋では、男たちがカストリを飲みながらモツ焼を食べていた。戦争で仕事も身寄りも失った多くの人々が、ここで生計を立てた。今日の新橋飲食店街は、ここから始まった。
当時の新橋の姿を知りたいなら、映画をみるといい。「鐘の鳴る丘」(佐々木啓祐監督・一九四八年)は、戦災孤児問題を取り上げたラジオドラマの映画化で、ヤミ市が林立していた頃の駅前の光景が、リアルに記録されている。
「女王蜂と大学の竜」は、松田組をモデルに、ヤミ市の利権をめぐるヤクザの女親分と在日中国人の抗争を描いたもの。ストーリーのかなりの部分は史実に沿っている。写真は、新橋ヤミ市での乱闘のシーンである。
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