橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

ブラボー川上・藤木TDC『東京裏路地〈懐〉食紀行』

これは、面白かった。私とほぼ同年代の不良中年二人が、闇市の雰囲気を残す都心の飲食店街、同じような雰囲気を持つ場末の飲食店を食べ飲み歩くという趣向で、東京に残る闇市文化をよく伝えている。考えてみれば、闇市の飲食店はわずかな資源を最大限に動員して人びと、とくに酒呑みの欲求を満たす営業形態として編み出されたわけで、これが現代の金のない、あるいは金を惜しむ酒呑みを引きつけるのは、ある意味当然である。本文はふざけた対話調だが、途中に挟まれた「裏路地酒場ものがたり」と題する三つのエッセイ(取り上げられたのは、池袋の人世横町、渋谷の百軒店、新宿の彦左小路)を読むと、実は著者たちが、ちゃんとした取材能力と文章力を備えた書き手であることがよく分かる。とくに哀感あふれる百軒店についての一文は、ぜひ若い人にも読んでほしいと思う。

[2007.5.21追記]なお、この本に池袋人世横丁が青線地帯だったとする記述があるが、これは事実に反する。詳しくは、酒の本『人世横丁かわら版』をご覧いただきたい。

東京裏路地“懐”食紀行 (ちくま文庫)

東京裏路地“懐”食紀行 (ちくま文庫)