橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

「ふくろ」

classingkenji2007-02-12

池袋西口の、駅と東京芸術劇場に挟まれたあたりにあるこの店については、いろいろな本やサイトで取り上げられているから、ご存じの人も多いだろう。何か珍しい酒があるわけではなく、凝った料理もない普通の大衆酒場だが、朝七時からやっていて、いつも賑わっている。料理は三〇〇円から五〇〇円が中心で、野菜の天ぷらやハムカツが三五〇円、魚のフライや天ぷらが四〇〇円、刺身が五〇〇円前後で、盛り合わせなら九〇〇円など。しかし何よりも安いのは酒。ビール大瓶が四五〇円(ただし、スーパードライのみ)というのも安いが、何と言っても驚異的に安いのはサワー類である。ここは焼酎と炭酸類が別料金で表示されていて、焼酎は一合一九〇円、ホッピーは一九〇円、レモン、ウーロン茶一六〇円、炭酸が一三〇円。「ホッピー」と注文すると、焼酎の一合瓶とホッピーの三六〇ミリリットル瓶が出てきて、これで約二・五杯分になる。最初は普通に一杯分作り、次は七分目くらいのを二杯作るというのが良さそうだ。炭酸はボトルが小さいので、ちょっと濃いめに二杯作ることになるだろう。
いつもはジャンパー姿にスーツにネクタイ姿が混ざるような感じだが、今日は休日なのでスーツにネクタイ姿は見あたらない。一階のカウンターに座っている客はすべて男性で、大部分が五〇代から六〇代。一九人中一三人が一人客だが、常連同士で自然に会話が起こり、しかもこの種の店には珍しく、店員がよく常連客と話をするので、これをきっかけにまた客同士の会話が始まる。自営業者と年金生活者、そして労働者が中心のようで、帽子は野球帽が三人、毛糸帽が二人など。ドレスシャツに上着を着た、プチ家出サラリーマンのような雰囲気の人もいる。
隣の自営業者二人が、なかなか硬派の世間話をしている。弱者に冷たい世の中になって来たねぇ。昔は銀行も、金貸すだけじゃなくていろいろ相談乗ってくれたり親切だったのに、いまじゃ冷たいよ。北朝鮮なんて、脅かしゃ物もらえるって思ってんだからけしからんよねぇ。だけど、いちばん脅かしてるのはアメリカだね。ほら見ろ、イラクを。逆らったらこうなるんだぞ、ってんだから。北朝鮮の核なんて小さい小さい、月とスッポンだよ。ところが日本人はおかしいよ。北朝鮮が軍事力強いって思ってんだから。アメリカ人で死んだのは何千人、イラク人は何十万人。イスラムは、こんな世の中はいかーんって、怒ってんだよ。私ゃアラーの神なんか見たことないけどね、見えないもんなんですよ。でも、キリストがいいか、アラーがいいか、お釈迦様がいいか、分からんけど。神様ってのはみーんな、人類の幸せのためにあるんですよ。何たっけ、ホワイトエグゼ何とか。働け働け、残業しても給料やらん。私にいわせりゃ、奴隷の時代ですよ。そうしてこき使って、利益あげようってんでしょ。たまたま地方の知事がつかまってるけど、私にいわせりゃ、いちばんの犯罪者は政府ですよ。テレビのコメンテーターなんてひどいねぇ。政府に身を売ってるんですよ。インテリってのは、身を売ってるんですよ。
いい話を伺いました。ありがとう。では、お勘定。(2007.2.12)