橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

中野「仲野」「角打山ちゃん」

classingkenji2007-02-10

仕事のあと、バスで中野へ。距離的には高円寺とほぼ同じだと思うが、道が複雑な分、少し時間がかかる。まずは、前から行ってみたいと思っていた新仲見世商店街へ。中野ブロードウェイの裏手にあるこの商店街は、昭和三〇年代の雰囲気を今に残す貴重な場所で、鰻串焼きの「川二郎」や、ジンギスカンの「神居古潭」など有名店もある。しかし「川二郎」は満員だし、ジンギスカンは一人ではどうかと思うので、焼き鳥の「仲野」へ。一階はカウンター席だが、一部は外側にはみ出してお客さんは店の外にいるような格好になっているのが面白い。二階は見なかったがテーブル席らしく、店主は炭火で焼いた串焼きを桶に入れ、滑車で二階に送っている。串焼きは、一五〇−二〇〇円のものが多い。ボリュームがあるので、値段はこんなものだろう。生ビールは中グラスが五〇〇円。日本酒や焼酎も何種類かある。この店の特徴は、若い女性客が多いこと。カウンターの隣では二〇代のちょっとおしゃれな女性が二人で、仕事の愚痴を言い合っているし、すぐあとにはやはり二〇代女性の二人組が二階に通されていた。かと思えば、焼鳥屋らしく五〇代サラリーマンの一人客も。店が路地とつながったような感覚で、気軽に入れるからだろうか。カウンターに女性だけの客の背中が見えると、何となく入りやすく感じるが、女性客が女性客を呼ぶということもあるかもしれない。料理を二品注文すると、辛味噌を添えて食べるキャベツが四分の一玉、サービスで付くらしい。肝心の串焼きの味は、まあまあ美味しいといったところ。隣に仲野屋という店があり、魚の種類が豊富だが、串焼きも出し、酒のメニューは共通。家族でやっているのだろうか。
次に行ったのは、「角打山ちゃん」。角打とは立ち飲みのことだが、ここはカウンターにちゃんとイスがあり、よほど混み合わない限り座って飲み食いすることになる。ビールは安く、サッポロの中生が四九〇円、同じくサッポロのラガー大瓶が四九〇円。天羽の梅を使ったハイボールは四〇〇円。その他、富乃宝山や里の曙などの焼酎も。ホッピーは四〇〇円で、中身が二〇〇円。ホッピーの中身などという言葉は、以前は下町居酒屋の常連にしか知られていなかった言葉ではないかと思うが、ここでは若者が普通に使う。メインの料理は串揚げで、一二〇円と一五〇円の二段階。何本か頼んでみたが、普通の串揚げの二倍ほどのボリュームがあり、四本も食べるとお腹がいっぱいになる。ただし油ぎれは悪くなく、意外にさっぱりしている。二度付け禁止のソースもあるが、中身はドロッとしたおたふくソースというのが変わっている。右隣ではカジュアル姿の五〇代がかなり酔った様子で文学論を戦わせている。こんな光景も、中央線ならではか。左隣では、長袖Tシャツにジーンズ姿で帽子をかぶったヒゲ面の若者が、携帯電話で友人とバイトの情報交換をしている。大きな声で話すので内容が筒抜けだが、いくつ面接に行っても落とされてばかりで、現在失業中といったことらしい。さらに文庫本を読んでいるカジュアル姿の三〇代男も。
中野は、なかなか奥が深い。居酒屋の数が多いだけでなく、個性派揃いで、しかも古さを感じる店に若者が集まっている。値段も、安い店が多い。帰りもまあまあ便利なので、これから時々立ち寄ることにしよう。(2007.2.7)