橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

代々木上原「三貴」

classingkenji2007-06-29

代々木上原はちょっと高級めのレストラン、バーなどが多いが、ここは大衆酒場的な居酒屋。間口が広く、外にも席がある。中に入ると、右側にL字型カウンター、左側にテーブル席。壁一杯に品書きの短冊や木札が下がっている。店内は適度に古び、落ち着いた雰囲気。その雰囲気が外にまで漂ってきて、つい引き寄せられた。焼きとんはハツ、カシラ、タン、シロ、レバ、ナンコツなどが一本一〇〇円。焼鳥もあり、一〇〇円から一五〇円。ここまでは、立派な大衆酒場だが、飲み物はあまり安くない。サッポロ黒ラベルの大生が七五〇円、中生が六〇〇円、大瓶が六〇〇円で、ヱビスは中瓶六〇〇円。酎ハイは四〇〇円で、ホッピーはない。梅酒ハイは何と六〇〇円。串焼き以外の料理は六三〇円からのものが多い。イワシ、タコ、イカなど大衆魚の刺身、それに野菜炒めまで六三〇円である。焼きとんの味は水準をいっている。しかも刺身もあるのだから私好みの居酒屋のはずなのだが、価格設定がちょっと違う。四〇〇円の酎ハイは焼酎をソーダで割っただけ。炭酸も弱く、ちょっと悲しい味だった。黒胡椒を混ぜ込んだポテトサラダは秀逸だった。
客層も、下町大衆酒場とは別物。四〇代のアロハを着た男性は、ずっと本を読んでいる。カウンターに並んで座った四〇代の女性二人組は、一人はカジュアルなTシャツ、もう一人はおしゃれ。カジュアル姿の四〇代男性と五〇代男性。二〇代男性三人組は、ちょっと派手めのファッションである。ビジネススーツに身を固めた四〇代の白人男性は、鰺タタキを肴にビールを飲む。常連らしく、店の人と話している。もう一人、やはり四〇代でスーツにネクタイ姿の白人男性が、三〇代女性二人と話をしている。仕事帰りだろうか。カジュアル姿の二〇代カップル。五〇代と六〇代のドレスシャツ姿の男性二人がやってきて、私の隣に座り、文学談義を始める。年長の方が小田実の話を始めるが、若い方は小田実を知らないという。現代文学はよくわからないので読まず、今は泉鏡花を読んでいるとか。雰囲気は古典的酒場なのに、さりげなくおしゃれをしている客が多い。いかにもエリートという感じの外人客がふらりと立ち寄るのも、この土地ならではか。ミスマッチな感じを楽しむには悪くない。