橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

大道珠貴『東京居酒屋探訪』

著者は、一九六六年生まれの芥川賞作家。この人の小説は、まだ読んだことがない。『本』という講談社のPR誌があって、昨年一〇月号に拙著『階級社会──現代日本の格差を問う』の紹介を書いたのだが、たまたま同じ号に著者がこの本の紹介を書いており、興味を持ったので買ってみたというわけである。ただしこれは、決して居酒屋のガイドブックではなく、居酒屋論ですらなく、居酒屋を空間として借りたエッセイである。
この人、実によく酒を飲む。ふだんは、朝から飲んでいるという。もっとも、医者に止められて今はやめたようだが。多感で傷つきやすい心の持ち主で、ちょっとしたことで悩み苦しむ。その傷つきやすさ加減が独特で、私にはよく分からないのだが、同じような傷つきやすさを持つ人は、きっと涙が出るくらい共感するのではないかと思う。傷つきやすく、居酒屋にやすらぎを求める若い女性なら、読んでみるといい。でも、子持ち昆布のことを「ワカメを二枚のかずのこでサンドイッチした、ようかんみたいに見えるもの」などと書くのはやめよう(笑)。これがなぜ、講談社の優秀な校閲を通ったのか不思議だ。それとも、ほんとにそんな料理があるのだろうか。

東京居酒屋探訪

東京居酒屋探訪