橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

川本三郎『きのふの東京、けふの東京』

『東京人』、『荷風!』、『東京新聞』。これは東京論三大メディアともいうべきもので、私はいずれも愛読している。この三つに共通の常連著者、というより看板著者の一人が、わが敬愛する川本三郎。川本には多数の著作があるが、本書はそのなかでも出色といっていい。何しろ、この三大メディアに書いた数々の傑作エッセイが、一冊にまとめられているのである。
全体は「けふの街を歩く」「きのふの盛り場」「作家たちの東京」の三部からなる。すでに読んだことのあるものが多いが、東京を都心から山の手、下町と巡り歩きながら、文学と映画、そして歴史と風俗を縦横に論じていくその芸風は、ますます広がりを増していく。
居酒屋の話題も、しばしば出てくる。聖蹟桜ヶ丘の居酒屋で、晩酌セットの「小鉢三品」のひとつが柿ピーだったのに唖然とし、「まだ下町のような大人の居酒屋文化が育っていない」と嘆く。川本の本には、これまであまり出てこなかったような気がするのだが、ホッピーの話題がいくつか。同じく新しい町だが下町に属する北赤羽で、駅下そば屋が居酒屋を兼ねているのを見つけ、「ホッピーももつ煮も湯豆腐もきちんとあった」と喜ぶ。かと思えば都心も都心、丸の内のビルの地下に「赤垣屋」ができたのに喜び、新幹線での行き帰りに立ち寄ったりする。
「街」と「町」がある。著者は、いう。「居酒屋の好きな人間があえて定義すれば、ホッピーをおいてある居酒屋があるところが『町』で、おいていないところは『街』といえようか」。なるほど、言い得て妙である。だとすれば、ホッピーの普及は東京のあちこちが「街」から「町」に変貌していくということだろう。これは居酒屋好きにとっては歓迎すべきことである。
町歩きと居酒屋が好きで、まだ川本三郎を読んだことのない人がいたら、まずこの一冊をお薦めする。きっと、ファンになるだろう。

きのふの東京、けふの東京

きのふの東京、けふの東京