橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

「卯波」と鈴木真砂女

classingkenji2011-02-06

川本三郎の新著を読んでいて、銀座の居酒屋「卯波」のことを思い出した。かつて銀座一丁目の細い路地にあった居酒屋で、俳人鈴木真砂女さんが営んでいた。九〇歳を超えるまで店に立ち続けていたはずである。和風シュウマイと鰯の叩き揚げが名物で、客には新聞記者や文学関係者が多かった。もちろん俳句愛好家も集まり、真砂女さんに自分の句を見せて、アドバイスしてもらっているのを見たことがある。
真砂女さんの死後、孫が受け継いでいたが、地上げされてやむなく閉店。近くに新店舗が開店したというが、行ったことがない。銀座の路地は江戸時代に形成されたもので、江戸時代の地図と見比べてもまったく同じ場所にあるものが多い。貴重な文化遺産、都市遺産を、こんな形で破壊するのは許せない思いがする。同じように破壊されるのは、一丁目、二丁目あたりに多いようだ。破壊を食い止め、次の時代に継承するプランが必要だろう。
この本は、真砂女を含め、東京に住んだ二三人の文人の東京暮らしを、さまざまな作品を取り上げながら描いたもの。川本にとっては手慣れたテーマで目新しさはないが、にもかかわらず、これまで紹介されなかった新しいテクストや事実を次々に提示していく、その鮮やかさ。
写真は、私が二〇〇三年に撮影したものである。

それぞれの東京―昭和の町に生きた作家たち

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