橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

三浦展『スカイツリー東京下町散歩』

東京スカイツリーの開業を控えて、下町ガイド本の出版が相次いでいる。本書もその一冊だが、ただのガイド本ではない。著者の東京研究の成果が詰め込まれた東京論・下町論である。
著者は「第四山の手」論でも知られるが、本書では「第四下町論」を展開している。神田・日本橋が江戸期に形成された第一下町、江戸末期から明治期に発展した上野・浅草が第二下町、北区・荒川区墨田区江東区あたりが大正・昭和初期に形成された第三下町、そして戦後に形成されたのが足立・葛飾・江戸川の第四下町である。そして本書が取り上げる下町は、第三・第四下町。スカイツリーの開業で注目を浴びる新しい下町である。
スカイツリーの足下の押上から説き起こし、第七章の小岩・小松川周辺まで、第三・第四下町を網羅し、地理的条件から歴史・建築・商店街まで、記述の幅は広い。東京の格差構造にも目配りされていて、下町が労働者の町だったこと、下町の歴史は社会事業の歴史でもあったことなどにも注意を促している。最後には料理屋やお菓子屋、そして居酒屋も登場する。曳舟の「三祐酒場」、十間橋通りの「酔香」、北千住の「永見」「大はし」など。
著者は、かつて若者の関心は東京の西ばかりに向いていたが、郊外で生まれ育った最近の若者には、下町へのあこがれが生まれ始めているという。私も、そう思う。実は拙著『階級都市』の結論も、新しい下町の発展が、東京の格差構造を緩和させ、諸階級の交流から新しい文化の生まれる「交雑都市」への転換をもたらすのではないかということだった。スカイツリーブームに便乗した安易な企画などではない。都市論に関心のある人は必読の、注目の下町論である。

スカイツリー 東京下町散歩 (朝日新書)

スカイツリー 東京下町散歩 (朝日新書)