橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

小林章夫『パブ 大英帝国の社交場』(講談社・1992年・600円)

英国のパブというのはまだ行ったことがないが、「居酒屋考現学」を提唱する私としては避けて通れない。本書は11世紀頃のインやエールハウスといった前身から説き起こし、現在(といっても15年前だが)に至るまでの歴史を描いたもの。とくに、その社会的機能が重視されている点が興味深い。18世紀のパブについて書かれた部分が圧巻。パブは職業斡旋の場でもあり、地方からやって来た人々や失業者が、パブの掲示板に群がってくる。給料の支払場所でもあり、労働者は受け取った給料をすぐに酒につぎ込んでしまう。そして政治運動、労働運動の拠点ともなり、各派それぞれがごひいきのパブで作戦を練る。
日本の居酒屋はどうだろう。仕事が終わった労働者が毎日集まる大衆酒場というものは日本にもあるが、これが労働運動の拠点になったなどということがあるのかないのか。人々に安らぎやくつろぎを与えるということ、地域の社交場になるという以上の社会的機能を担ったことがあるのかないのか。これは、今後の検討課題。どなたか、手がかりがあったら教えてください。なお、パブで結婚披露宴が行われることがあるというのを、日本との違いとして強調した記述があるが、斎藤寅次郎監督の「お父さんはお人好し」という映画には、居酒屋で結婚式をする場面が出てくる。かつては日本にもあったのではないだろうか。現在は品切れだが、古書で簡単に手に入る。
なお、今回は橋本健二の読書&音盤日記からの転載。「酒の本」はこの二つのブログの共通要素なので、どちらに入れるか悩むことがある。両方見ている人ばかりとは限らないし。というわけで、ときどきこうして転載することにします。