橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

ある焼鳥屋

名前は、あえて記さない。経堂駅から歩いて一分のところにある焼鳥屋だが、このあたりでは珍しく、ブルーカラー労働者が客の中心である。私はときどき、帰り道でホッピーを飲みに立ち寄る。
今日いた顔見知りの常連らしい三人の客の会話である。仕事によってズボンの長さが違う、とび職は長くて、大工は短い。昔はズボンを見れば、どの職人かすぐにわかった。昔の職人は、親と同じ仕事につくのに決まっていた。今はそんなことはないけど、昔の方が幸せだったんじゃないかな。なかなかディープな会話だ。おそらく、最近の格差社会論議などご存じないだろうけれど、ひとつの論点にはなる。
焼き鳥と焼きとんがあり、ともに一二〇円。ビールは生と中瓶が四九〇円、ホッピーが三九〇円。店はかなり広く、一〇人くらい座れるカウンターのほか、奥にテーブルが四つある。六〇近くと思われる女性が一人でやっているので、少し客が多くなると注文に時間がかかる。家賃も高いだろうし、串焼きだけでは儲かるわけはないが、その他の料理がけっこう高い。エイヒレ、さばみりん、アジ開きなどが五〇〇円、ホッケ、マグロぶつ、銀ダラなどが六〇〇円。こちらで利益を出しているのだろう。マグロぶつを注文したら、「ありがとうございます」と礼を言われた。