橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

「なぎら健壱の東京居酒屋 夕べもここにいた!」

サンデー毎日』の連載記事をまとめたもの。あまたの居酒屋本との違いといえば、正統派居酒屋や料理の美味い店だけでなく、フォーク酒場やらカントリー酒場やらが登場するところ。私自身は、この手の店に行きたいとは思わないのだが、著者の個性がよく現れていて、読ませてくれる。
しかし、なぎら健壱は実に幸せそうに酒を飲む。こんな常連客がいたら、周囲の人も幸せな気分になって、また行きたいと思うだろう。いい居酒屋というのは、かなりの部分、客が作るものであり、なぎら健壱は大衆酒場の「いい客」の、ひとつの典型なのだと思う。それも、現在の芸能人としてのなぎらと、かつての日雇労働者としてのなぎらが、重ね合わされてのことだろう。彼は自由人であり、越境者であり、異文化や異集団をつなぐ力をもっている。自分がこんな客になれるとは思わないが、こんな客と一緒に屈託なく楽しめる客ではありたいと思う。連載は続いている。今後にも期待したい。(2007.4.12)

夕べもここにいた!―なぎら健壱の東京居酒屋

夕べもここにいた!―なぎら健壱の東京居酒屋