橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

「番番」「TOKIO古典酒場」

classingkenji2007-04-21

三月二五日の座談会の様子が掲載されたムックが出た。三栄書房の「TOKIO古典酒場」である。「鈴傳」「みますや」「魚三」「大はし」などといった定番を押さえたうえで、「神谷酒場」「遠太」「万世橋酒場」「秋田屋」といった大衆酒場や焼鳥屋、それに角打ち酒屋を紹介しているのが特徴。居酒屋めぐり初心者にはとりあえずこれ一冊で大丈夫という作りになっている。「鈴傳」は男性九割・女性一割、「秋田屋」は男性六割・女性四割というように、客のだいたいの男女比が記されているのは、女性が入りやすい店を見つけるのに役立つようにという、女性編集長らしい心配りだろう。ちなみに座談会は、一〇一−〇三ページに収められている。
この本で知って、今日行ってみたのが、新宿の焼鳥屋「番番」。靖国通りからさくら通りで歌舞伎町に入り、少し歩いたところの左側にある階段から地下に入る。店内は、下町の路地にありそうな大衆酒場の雰囲気で、ちょっと地下にあるとは思えない。新宿の真ん中に、こんな店があったのかと感心する。焼鳥と焼トンの両方を置き、値段はいずれも一一〇円。一本単位で注文できるのがうれしい。ビールはキリンラガーとモルツで、中瓶が五〇〇円。チューハイは二五〇円という下町価格だが、厚切りのレモンスライスが入った本格派で、すっきりした味。これなら、一杯目をビールにする必要はない。焼酎はいいちこ、白波、二階堂、紅乙女、雲海がやはり二五〇円。日本酒は美少年三五〇円、玉乃光四〇〇円など八種類。シロは普通の味だったが、カシラは上質。つくねは、数種類の野菜が入り、シャクシャクした歯ごたえが楽しめる逸品。
入ったのは六時ごろだから、まだ席には余裕がある。カジュアル姿の四〇代夫婦、文庫本を読んでいるカジュアル姿の二〇代男性、それぞれおしゃれ着とスーツにネクタイ姿の五〇代男性、カジュアル姿の二〇代と三〇代の二人組と六〇代男性三人組。店主らしい男性は、三〇年前にバイトで入ったとのこと。当時、普通の時給が三五〇円だった頃、この店は五〇〇円だったそうだ。壁には明治初期の新宿の地図が描かれ、この店の位置が記されている。当時からあったというわけではあるまいが、新宿に根付いた店、という趣である。新宿の大衆酒場、これから時々寄ることにしようと思う。(2007.4.20)