橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

「虎ノ門 升本」

classingkenji2007-05-16

今日は、新聞社の人と出版の打ち合わせで虎ノ門へ。あわただしく急用を終えて、池袋から向かったのだが、有楽町線に乗って永田町で銀座線に乗り換えればいいだろうと思っていくと、乗り換えの遠いこと。半蔵門線のホームを端から端まで通り抜け、さらに歩くこと数百メートル。しかし目指す「虎ノ門 升本」は駅のすぐ近く。この店は、向かいのビルにある升本商店という酒販店の経営で、酒が充実している。田酒、大七、出羽桜、菊姫神亀、司牡丹など、約三〇種類。老舗らしく奇をてらわずに名酒を集めたというラインナップで、しかも四五〇円から六〇〇円と安い。このほかオリジナルの格安酒として、「虎ノ門」二八〇円と「霞ヶ関」三五〇円がある。ビールはサッポロ黒ラベルの大瓶が五二〇円、大ジョッキ七三〇円、サワー類は三七〇円、ホッピーは四八〇円。焼酎も三〇種類ほど揃い、三五〇円から五五〇円。料理は、刺身が十数種類に、うど酢味噌、肉じゃが、ポテトサラダ、おでん、焼鳥、鰺南蛮など、定番の居酒屋料理が網羅されている。まさに、居酒屋のすべての条件を備えた店といっていい。しかも、何を頼んでも水準を行く味で、安い。三人でかなり飲み食いしたが、お勘定は八〇〇〇円を少し超えた程度だ。
二階へは、女性を含むグループも何組か通されていたが、一階は、同行の編集者一人を除き、全員が男性。スーツにネクタイ姿のサラリーマンが中心で、一階に居合わせた客、二六人のうち、一八人を占める。作業服姿が一人いたが、五〇代スーツにネクタイ姿男性と二人で飲んでいたところをみると、おそらく技術畑の人だろう。この他、カジュアル姿が七人。年齢は五〇代が中心で半数の一三人を占め、あとは六〇代が一人、四〇代、三〇代、二〇代がそれぞれ四人。サラリーマンの楽園といっていいが、誰でもとけ込める気安さがある。すぐれた下町大衆酒場は、カジュアル姿の自営業者や労働者が中心だが、スーツにネクタイ姿も違和感なくとけ込める。この店はその逆で、サラリーマンが中心だが、誰でも受け入れる懐の広さがある。しかも、酒と料理が揃っている。風格ある店構えなので、最初は入りにくいかもしれないが、臆することはない。あまり行くことのない場所で、そう何度も通えるわけではないが、たまには行きたくなる店である。(2007.3.15)