橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

板橋「鈴むら」

classingkenji2007-03-18

JR板橋駅は、埼京線で池袋から一駅。すぐ北側の踏切で埼京線と交差しているのは旧中山道で、南東方向へ行けば、巣鴨の地蔵通りへと至る。北西方向に行けば、途中で現中山道と交差して仲宿商店街を通り、板橋本町の交差点付近で環七を横切り、志村坂上の手前で現中山道に合流するが、この間約三キロに渡って商店街が続く。都心以外の旧街道商店街としては、規模が大きい方だろう。それもそのはず、このあたりは江戸四宿の一つ、板橋宿のあったところで、近くには加賀藩下屋敷もあった。現在、屋敷跡にあるのは、帝京大学板橋病院、東京家政大学、都立北園高校など。東口へ出ると北区滝野川で、すぐ前には、ここで処刑された近藤勇の墓碑がある。
西口が板橋区板橋で、かつてはここにヤミ市があった。この駅前ヤミ市は都内で最後まで残ったヤミ市だといわれるが、一九四九年六月に区画整理で壊されている。駅前の一角の裏側には、一階に大衆酒場やラーメン屋、スナックなどが密集した角一板橋コーポというビルがあるが、おそらくこれはヤミ市の移転先の一つだろう。ここを中心に、北西方向に飲食店街がひろがっている。かつて板橋駅は交通の要所で、すぐ近くを都電が通り、また駅前からは城北・埼玉方面へ向かうバスが多数発着していたという。今ではかなり寂れているが、それでも近くに地下鉄三田線新板橋駅と、東武東上線下板橋駅があり、乗降客はけっこう多い。現在の中山道沿いは、すぐ近くに旧中山道が大規模な商店街として残っているためか、商店や飲食店が少ない。その代わりに林立しているのが中堅企業のオフィスビルで、近くには板橋区役所もあり、城北地区の大手町とでもいうべき景観を示している。だから、居酒屋はスーツにネクタイ姿のサラリーマンで賑わう。
このあたりで評判の高い居酒屋の一つが、旧中山道から西よりに一本入った通りにある「鈴むら」。中に入ると右側に七人掛けのカウンターがあり、左側には五人から七人が座れるテーブルが四つ、奥には座敷もある。ここは、基本的に焼き鳥と刺身の店。焼き鳥は多くが二本二〇〇円で、なんこつ、ひざなんこつ、やげんのみが二本三〇〇円。焼きとんは「ホルモン」と称するシロのみで、やはり二本二〇〇円。刺身は日替わりで五〇〇円から七〇〇円が多い。いずれも、美味しい。ビールはキリンとアサヒを置き、大瓶が五五〇円、生は六〇〇円。ホッピーは外二五〇円、中二〇〇円。日本酒はちょっと寂しく、高清水のみのようだ。
店員は二〇代から三〇代後半くらいで、気持ちよくてきぱきと働いている。今日の客は一八人で、うち九人がスーツにネクタイ姿の三〇代から六〇代のサラリーマン。サラリーマンと同行する通勤着の女性が四人、あとは上着にノーネクタイのご隠居風三人組と、カジュアルな三〇代カップル。オフィス街だが、下町の延長のようなところもあるという土地柄が良く出ている。人気の店で、かなり混み合う。行くなら、予約するか五時半までに行くのが無難だろう。(2007.3.12)