橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

志村坂上「飯綱」

classingkenji2007-03-17

志村三丁目の居酒屋「新潟」から急坂を上って志村坂上へ行く。坂の上には大きなマンションがいくつか建っていて、下から見るとけっこう威圧感がある。眺めはいいのだろう。坂の上といっても、板橋のことだから決して高級住宅地ではない。しかし、微妙に空気が違うような気がしてくる。中山道に出て、巣鴨方向へ道の左側を歩くと、黄色い看板が見えてくる。これが、板橋では一、二を争う日本酒の店、「飯綱」である。小さなビルの階段を下りたところで、店内はちょっと変則的な形をしている。
酒は、南、黒牛、義侠などが六五〇円、久保田千寿、神亀、飛露喜など七〇〇円、高いところでは田酒の純米大吟醸や出羽桜の雪漫々が一一〇〇円など。いずれも、正一合のガラスの器に入った値段である。料理は魚介料理を中心に、旬の素材を生かしたものが多い。正統派の和食の他、白舞茸とグリーンアスパラの海老炒め、カツオのカルパッチョ、マグロねぎま串カツなども。フロアの店員よりもカウンターの中の板前の方が人数が多く、店の作りは別としてちょっとした板前割烹的な趣だが、値段は普通の居酒屋の範囲内である。味は申し分ない。特に刺身の良さは格別。もし都心にあったら、名店として評価されただろう。ただし、以前は白紙に黒文字の落ち着いた雰囲気だったメニューが、多色刷りのけばけばしいものになったのは、ちょっといただけない。貧乏時代は、ここで飲むのがたまの贅沢だった。ビールは、ハートランド(五五〇円)を出す。客は、近所に勤めるサラリーマンが多い。