橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

志村坂上「飯綱」

classingkenji2008-04-08

これは、都営地下鉄三田線志村坂上駅近くにある知られざる名店である。志村坂上は、かつて神田橋を起点とする都電一八系統の終着駅があった場所。ここから中山道沿いを都心方向に少し戻った左側、マンションの地下にある。入り口は小さく狭く、しかも階段が途中でカーブしていて入りやすいとはいえないが、思い切って降りてみよう。マンションの地下のせいか、店の内部も複雑な構造だが、入って左側に厨房、L字型のカウンターとテーブル席、右奥には小テーブルと座敷がある。全部で五〇人くらいは入れるのではないだろうか。店内にはモダンジャズが流れ、黒と木目を中心にしたインテリアも感じがいい。
酒、料理とも酒類が多く、しかもメニューがよく考えられている。生ビールは各社のプレミアム級のものが三種類あり、瓶ビールも国産三種類、輸入もの五種類。日本酒は三〇種類ほどあり、一合と四〇〇ミリリットルのデキャンタを選べるのがうれしい。とくに青森の名酒・田酒は純米から大吟醸まで七種類揃う。焼酎も二五種類ほどあり、値段はいずれも良心的。料理のメニューは毎日変わり、産地直送の魚介類を中心に、酒類が多い。値段は普通の居酒屋価格だが、量が多いのでお得感がある。写真は、美しく盛りつけられた山菜の酢味噌和え(五五〇円)。懐に余裕があるなら、たとえばキンキの煮付け二五〇〇円など、贅沢することも可能だ。ばくらい(ホヤとコノワタを和えたもの)、熊本名産のとうふの味噌漬けなど、珍しい酒肴もある。
六時半を過ぎると、仕事帰りのグループや夫婦・家族連れ・地元住民のグループなどが続々入ってくる。味にうるさそうな女性のグループ客をみかけることが多く、一人客もしばしば。格差拡大と二極化の影響なのか、都心では立ち飲み屋が増える一方で、上質の酒と料理を揃えるグルメ居酒屋も増加傾向にある。これに対抗できる内容で、しかも安い。地元民にとっては幸福なことだが、たまにはよそ者も、その幸福を分けてもらうことにしよう。(2008.4.3)

板橋区小豆沢2-17-7
17:00〜24:00 日祝休