橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

豪徳寺「祭邑」

classingkenji2007-05-18

世田谷は、居酒屋におけるモツ焼の比重が小さい地域である。これが「山の手」ということなのか、モツ焼を出す店自体が少ない。そのなかでうまいモツ焼を出す店はあるにはあるが、層が薄いだけにレベルの低い店もあり、ムラができるのは仕方がないのかもしれない。
この店は、小田急線の豪徳寺駅のすぐそばで、まるで路面電車のような小さな鉄道、世田谷線山下駅からも近い。豪徳寺に住む写真家、荒木経惟の作品にもときどき出てくる場所で、おそらく三年前くらいからやっている店だが、いいモツ焼を出す。モツ焼は一一〇円が基本で、タン、カシラ、レバ、ハツ、シロ、コブクロ、ナンコツ、アブラ、スジなど。豚トロは一六〇円、焼鳥はネギマが一四〇円。ビールはサッポロ黒ラベルで、中瓶が四八〇円、中生が五三〇円。白と黒があるホッピーは四二〇円で、中は三〇〇円。中が少し高いのは、やはり世田谷の駅前だからかもしれないが、この場所にしては頑張っている値段だと思う。この店のチューハイは、下町大衆酒場通の一部で名高い「ニホンシトロン」のソーダを使っていて、フレッシュレモンを使ったサワーは、飲んでみる価値がある。このソーダはガス圧が強く、すごい泡立ちで、舌を刺す刺戟がある。
店は、ひどく狭い。三角形の奇妙な建物で、一階には焼き場を囲むカウンター四席、道路に面したカウンターが四席あるが、実は両方とも、三人座っただけでけっこう窮屈になる。このほか、壁に接する二人掛けのテーブル席があって、合計一〇席。地下にも小さいテーブルが四つあるらしいが、まだ行ったことがない。今日の一階の客は、同僚らしいスーツにネクタイ姿の四〇代男性と通勤着の三〇代女性、スーツにネクタイ姿の五〇代二人組、五〇代のノーネクタイ、カジュアルの五〇代男性と通勤着の五〇代女性。野口五郎やピンクレディなど、七〇年代の曲ばかりがかかるBGMが少しレトロ。モツ焼の味はなかなかのものだが、今日はちょっと売り切れが多かったのが残念。狭いだけに満員になることが多い。モツ焼系大衆酒場の好きな人なら一度いってみる価値はあるが、入れるという保障はない。