橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

「灯串坊」

classingkenji2006-12-23

「灯串坊」と書いて、「とうせんぼう」と読ませる。名前の通り、串焼きがメインの店。入り口の内側に「なぜかよらずには帰れない/だから灯串坊」と張り紙がある。串を「せん」と読ませるのは無理があると思うが、まあいいだろう。そういえば、串という文字は、ほんと串焼きそのまんまだな。六−七人座れるカウンターと、四人掛けのテーブルが二つ。奥には座敷もある。
焼きとんはシロ、ハツ、タン、レバ、カシラの五種類で、いずれも九〇円。焼き鳥、野菜焼は一五〇円。そのほかにも、煮物四〇〇円、もつ煮込み五〇〇円、パリパリに揚げた細切りじゃがいもの載った灯串坊サラダ五〇〇円などメニューはいろいろあるが、ここでは迷わず焼とんを注文することだ。たとえば、辛味噌が添えられた塩焼きのカシラ。ジューシーで、しかもねっとりとゼラチン質を感じるそのうまさ。たれ焼のシロは、やわらかくすっと噛み切れ、まったく臭みがなく内臓の旨味そのもの。経堂近辺では、ここに並ぶものはないし、都内でもかなり上位に入ると思う。しかも、九〇円と安い。酒もリーズナブルである。ビールはキリンラガー大瓶とハートランド中瓶がいずれも五五〇円、三〇〇ミリリットルの冷酒が八八〇円、焼酎は魔王、山ねこ、中々など、筋のいいものがボトルで三五〇〇−六〇〇〇円ほど。いいちこなら二〇〇〇円だ。燗酒は吉の川で、一合四〇〇円、二合なら七〇〇円。店内は、経堂の有名人にして常連の陶芸家、李康則さんの書いた絵や張り紙、作品などが多数飾られている。
焼とんには二つの流儀があると思う。一つは、獣臭と炭火の香りが強く、肉塊を食いちぎる食感を楽しむもの。店内は煙に満ち、飲み物はホッピーがふさわしい。もう一つは、丁寧に下処理され、臭みはなく、軟らかく噛み切れる。酒は、焼酎のロックかお湯割りが似合う。この店は、後者の部類の名店といえる。惜しむらくは、刺身がないこと。私にとって刺身と焼とんは居酒屋の二大メニューで、この二つさえあれば、他には何もいらないとさえ思う。ぜいたくはいわないから、まぐろぶつとしめ鯖の二種類でも置いてくれれば、必ず毎週通うと思うのだが。
今日の客はすべて男性で、大部分がカジュアル姿。二〇代の二人組、三〇代の三人組、四〇代の二人組、そして五〇代男性一人。スーツにネクタイ姿は二〇代の一人のみ。寒くなってきたので、ダウンジャケット姿で入ってくる人が多い。ほぼすべてが地元客と思われるが、タレントの常連もおり、経堂にゆかりのある某超大物男性タレントをみかけたこともある。焼とんの好きな人なら、一度足を運んでみられてはいかがか。経堂すずらん通りを五分ほど歩いた左側にある。(2006.12.22)