橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

三軒茶屋「久仁」

classingkenji2007-08-26

今日は仕事を早々に切り上げて、三軒茶屋へ。三軒茶屋は世田谷区随一の商業地域で、二七階建ての商業・オフィスビルキャロットタワーがランドマーク。ここはもともと交通の要所で、渋谷と大山を結ぶ大山道から登戸道が分岐する地点だった。地名は、ここに田中屋、角屋、信楽と三軒の茶屋があったことに由来する。渋谷にも近く、おしゃれな町である半面、ヤミ市の雰囲気を残す路地や古い映画館があり、なかなか懐が深い。近くには昭和女子大学があるが、ここは砲兵旅団の司令部があった場所。私の家からだと自転車で二〇分ほどだが、今日は酒を飲みに行くのだから、豪徳寺から世田谷線に乗る。世田谷線は元の玉川電車の一部で、国道二四六線を走っていた路面電車が廃止された後、独立した路線となったもの。専用軌道で三軒茶屋と下高井戸を結ぶ、わずか二両編成の小さな電車である。この電車を途中下車しながら飲み歩くというのを、一度やってみたいと思っている。
今日の目的地は、三軒茶屋から茶沢通りを少し歩いたところにある「久仁」。モツ焼き・モツ料理の名店として、最近ではよく知られるようになっているが、私は今回が初めて。五時開店と聞いたので五時一〇分ごろに着くように行ったのだが、店内はもう満員に近い。一人だというと、相席ですでに二人が座っているテーブル席に通された。しかしこの二人も、別々の一人客。相席が普通の店のようである。常連たちの話では、五時開店のはずなのに四時半ごろから客を入れているとのこと。危ないところだった。左側がL字型カウンターで、一二−三人ほど座れるだろうか。中央にテーブルが三卓、右側は小上がりでやはりテープルが三つ。店内は冷房がなく、扇風機が回る。
薄茶色に染まった壁に、黒紙に白マジックで書いたメニューが貼られる。ビールはサッポロ黒ラベルで、大瓶が五二〇円。酎ハイ二八〇円、サワー三〇〇円、ホッピー三五〇円。うれしいことにホイスがあり、三五〇円。串焼きは、一本一〇〇円。まずは酎ハイ、そしてカシラとシロを二本ずつ注文。酎ハイは、レモンスライスが浮かぶ正統派のスタイル。カシラは普通においしい。すばらしいのはシロで、「灯串坊」並みに軟らかく、味が濃く、そして肉の量はほぼ二倍。後で注文したレバーは、ミディアムレアに焼き上がり、とろけるようにおいしかった。ホイスを注文すると、七分目ほどまで入ったジョッキとソーダがボトルで一本。これで三五〇円は安い。メニューには、まぐろ刺身と締め鯖も。お新香が数種類あり、どれも一五〇円。白瓜を注文したら、一本を縦四分の一に割った二〇センチほどもあるものを形のままスライスし、長皿に載せて出てきた。
客は半袖シャツやアロハ姿の地元の中高年男性が中心だが、よく見ると、ちゃんとデザインされたものを着ている人が多い。おしゃれな若いカップル、ちょっと素敵な母娘の二人連れも。やはり、三軒茶屋豪徳寺や経堂とは違う。しかし、これはいい店だ。今度は平日に、外出からの帰りに寄ってみよう。帰り際、店を外から見ると、暖簾の向こうにモツ焼きを焼く親父さんの姿。いい写真が撮れた。