橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

「かんちゃん」

classingkenji2009-12-21

新宿西口のビックカメラ裏手あたりは、古い居酒屋が多い。思い出横丁は、戦争直後あるいは五〇年代から時間が止まったような雰囲気であるのに対して、このあたりは高度成長期の雰囲気が漂う。そのうちの一軒が、ここだ。
玄関脇には、ボロボロになった古いちょうちんがあり、入り口には「酒蔵かんちゃん」と一文字ずつ書かれた七つのちょうちんが並ぶ。中に入ると、奥へ向かってカウンターが伸び、ここに一五席ほど。突き当たりにはテーブル席があり、その左側には座敷がある。インテリアは、古典的というのではなく、よくある居酒屋がほどよく古びた感じだ。細い枠飾りのある黄色い紙の短冊に、太い墨文字のメニューがたくさん下がり、有線放送の演歌が流れている。こんな居酒屋に来たのは、ずいぶん久しぶりのような気がする。
メニューは豊富だ。焼鳥、もつ焼きと、各種の魚介料理が中心。刺身の種類も多い。生ビールの大が七一〇円、中は五二〇円、大瓶五八〇円、日本酒は大六六〇円、小三三〇円、サワー類は三五〇円。煮込み三七〇円、刺身は四八〇円から六九〇円で、丸干し、もろきゅうなど簡単な肴は三七〇円から。新宿の駅前としては、リーズナブルだろう。
何となく、店の歴史が想像できる。高度成長期、やきとりに加えて魚介料理をいろいろ揃えた居酒屋として人気を博し、賑わう。しかし、バブル期を迎える頃には新味を失って客が減っていく。それでもリーズナブルな価格設定でサラリーマンの常連を確保し、今日に至る。四〇代から五〇代の、会社帰りらしい男性二人女性一人のグループが入ってきて、座敷に上がる。席に座って女性が、ほっとしたように「ああ、よかった」と言う。入れるのがうれしい店なのだろう。普通の居酒屋という安心感で満たされている。客の大部分は、同じような会社帰りの中年客だった。(2009.12.11)

新宿区西新宿1-4-8