「池林房」
新宿三丁目の裏手は、心ひかれる居酒屋の多い界隈である。いちばんの先輩格は、歌声酒場のさきがけとしても有名な「どん底」で、一九五一年の創業。一杯飲み屋ややきとり屋しかなかった当時は珍しい、いろいろな酒と料理を出す本格的な酒場だったという。当時、北海道から出てきたばかりだった太田篤哉さんは、「どん底」に出会ってカルチャーショックを受け、ここで働くようになる。そしていくつかの店を経て、一九七八年に開いたのが、この「池林房」。私が大学に入学した年ということになる。太田さんは現在、この店の他に「犀門」「 陶玄房」などいくつかの店を経営していて、新宿の居酒屋を代表する存在といっていい。その半生史は『新宿池林房物語』という本にまとめられている。
看板に誘われて地下の店内にはいると、広いフロアに屋台風の席がいくつか並び、客は人数に応じて、屋台の一辺や角などに席を取る。ヱビス生ビールがグラスで五八〇円、中瓶は六三〇円、 日本酒と焼酎がそれぞれ十数種類あり、五〇〇円から八〇〇円程度。ワインもいろいろ揃っている。料理は和風、洋風、中華風などいろいろで、六〇〇円から一〇〇〇円くらい。新宿の繁華街としては、普通の値段だろう。客には、文化人風が多い。みるからに演劇関係者、あるいは音楽関係者と思われるグループが何組もいる。
都庁が有楽町から新宿に移転したことに象徴されるように、東京が重心を西へ移動させるとともに、新宿は西東京の中心から、文字通りの東京の中心という性格を強めてきた。今では、小売店の売り上げも銀座を大きく上回る。高級志向の店も増え、サブカルチャーの中心だったかつての性格は薄れてきているが、やはりこんな店もあるのである。夜遅く、というより朝までやっているから、深夜まで仕事があったときの打ち上げなどにはもってこいで、マスコミ関係者も多く集まるようだ。店員の対応もよく、初めてでも気後れすることはない。(2009.1.10)
新宿区新宿3-8-7 吉川ビル 月 17:30〜02:00 / 火〜金 17:30〜05:00 / 土 16:30〜05:00
- 作者: 太田篤哉
- 出版社/メーカー: 本の雑誌社
- 発売日: 1998/11
- メディア: 単行本
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