橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

「池林房」

classingkenji2009-01-19

新宿三丁目の裏手は、心ひかれる居酒屋の多い界隈である。いちばんの先輩格は、歌声酒場のさきがけとしても有名な「どん底」で、一九五一年の創業。一杯飲み屋ややきとり屋しかなかった当時は珍しい、いろいろな酒と料理を出す本格的な酒場だったという。当時、北海道から出てきたばかりだった太田篤哉さんは、「どん底」に出会ってカルチャーショックを受け、ここで働くようになる。そしていくつかの店を経て、一九七八年に開いたのが、この「池林房」。私が大学に入学した年ということになる。太田さんは現在、この店の他に「犀門」「 陶玄房」などいくつかの店を経営していて、新宿の居酒屋を代表する存在といっていい。その半生史は『新宿池林房物語』という本にまとめられている。
看板に誘われて地下の店内にはいると、広いフロアに屋台風の席がいくつか並び、客は人数に応じて、屋台の一辺や角などに席を取る。ヱビス生ビールがグラスで五八〇円、中瓶は六三〇円、 日本酒と焼酎がそれぞれ十数種類あり、五〇〇円から八〇〇円程度。ワインもいろいろ揃っている。料理は和風、洋風、中華風などいろいろで、六〇〇円から一〇〇〇円くらい。新宿の繁華街としては、普通の値段だろう。客には、文化人風が多い。みるからに演劇関係者、あるいは音楽関係者と思われるグループが何組もいる。
都庁が有楽町から新宿に移転したことに象徴されるように、東京が重心を西へ移動させるとともに、新宿は西東京の中心から、文字通りの東京の中心という性格を強めてきた。今では、小売店の売り上げも銀座を大きく上回る。高級志向の店も増え、サブカルチャーの中心だったかつての性格は薄れてきているが、やはりこんな店もあるのである。夜遅く、というより朝までやっているから、深夜まで仕事があったときの打ち上げなどにはもってこいで、マスコミ関係者も多く集まるようだ。店員の対応もよく、初めてでも気後れすることはない。(2009.1.10)

新宿区新宿3-8-7 吉川ビル
月 17:30〜02:00 / 火〜金 17:30〜05:00 / 土 16:30〜05:00 

新宿池林房物語

新宿池林房物語