橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

成城「秀」

classingkenji2008-11-26

成城といえば、都内有数の高級住宅地である。その起源は、大正時代。関東大震災の後、都心にあった私立大学・私立学校は郊外へ移転するようになった。牛込区にあった成城小学校の指導者・小原国芳は、当時は砧村喜多見と呼ばれていたこの地に目をつけ、村の有志と父母たちとともに学園を中心とする開発を構想する。当時は草原や雑木林ばかりの場所だったが、住宅開発によって資金を得て、学園の建設費に充てようというのである。開校は、一九二五年。最初の頃は、父母らが土地を買って住み着いたが、一九二七年に小田急線が開通した頃から人口が増え始める。田園調布には実業家が多いのに対して、こちらは文化人が多いといわれたが、東宝の撮影所が近いことから黒澤明志村喬三船敏郎加山雄三石原裕次郎など映画関係者も多く住んだ。現在でも、有名タレントが多数住んでいる。現在の成城を歩いてみると、一般人にはまったく縁のない面積と造りの邸宅が多く、ちょっと威圧感がある。あちこちに監視カメラがあるから、のんびり散歩するような気分にもなれない。
こんな街だからしかたのないところだが、居酒屋不毛地帯である。レストランや懐石の店、一本数百円の地鶏の店、学生向けのチェーン店などはあるが、大衆酒場のようなものはきわめて少ない。ほとんど唯一といっていい例外が、この店である。
古い木造の一軒家で、店内はカウンターのみ一〇席ほど。もつ焼きは、大部分が一本一〇〇円で、レバ、タン、つくねは二〇〇円。煮込みとレバ刺しが各四〇〇円。ビールは中瓶で五〇〇円(ただし、スーパードライ)、サワーと日本酒は四五〇円。カシラとシロを「味はおまかせで」と注文したところ、期待どおりカシラは塩、シロはタレで出てきた。シロがとろけるように柔らかくて味わい深く、カシラも水準をいっている。若い二人連れの客が、レバ刺しがうまいといって、お代わりを注文する。店主の話によると、一八歳の時に店に入って、今年が二五年目。仕入れたその日に出すので、土日は休みとのこと。お次は、値段高めのタンとレバをいただく。素材が良いことはわかるが、ちょっと塩味がきつい。見ていると、クッキングソルトを使っている。もっと良い塩を使えば、さらに美味しくなるはずだが。煮込みはあっさりしていて、じっくりかみしめると味がある。居酒屋不毛の地で、いい店に出会った。成城学園駅の東口から北側に出て、線路際の道を右へしばらく歩くと、左側に看板が見えてくる。(2008.11.20)

世田谷区成城6-12-3
17:00〜23:00 土日休