橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

キニーネ入りのトニックウォーター

classingkenji2008-06-25

私の愛読する酒マンガ、「BARレモンハート」の第19巻に、「なつかしのジントニック」と題するストーリーがある。ある日、レモンハートを一人の老人が訪れ、「うまいジン・トニックをもらおうか」という。マスターがいつもどおりに作ったジントニックを出すと、一口飲んで老人は「まずい」という。名バーテンダーの作るジントニックがまずいはずはないのだが、何か理由があるらしい。そこでマスターは、一週間後に本当にうまいジントニックを出すと約束し、材料の入手に取りかかる。秘密はジン、そして使うトニックウォーターにあった。現代のジンは、主にレモンピールなど、柑橘類でフレーバーをつけるのが普通だが、昔のジンは主にジュニパーベリーを使っていた。次にトニックウォーター。英国のトニックウォーターキニーネを使っているが、日本では食品衛生法の規定上、キニーネを食品に使うことができない。だから、日本で売られている英国ブランドのシュウェップスを使っても、同じ味にはならないのである。そこで一週間後、昔ながらのジュニパーベリーをたくさん使ったジンと、キニーネ入りのトニックウォーターで作ったジントニックを出したところ、かつて英国住まいをしていた老人は、涙を流して喜んだ、というお話である。
そのトニックウォーターは、スーパーで普通に売られている。150ミリリットルの缶入りで、タンブラーに一杯作るのにちょうどいい量。これに普通のロンドン・ジンを合わせて作ったのが、この一杯である。個人的には、もっと甘みが少ないほうがいいと思うのだが、英国滞在中しか飲めない味。感慨深いものがある。(2008.6.9)