橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

OFF LICENCE

classingkenji2008-06-26

英国でよく見かけるのが、この文字の看板。酒販店やコンビニの店先に下げられているのだが、どういう意味か。
米国も同じらしいが、英国には酒販免許が2種類ある。ひとつはON LICENCEといい、店で客に酒を飲ませることのできる酒販免許で、パブはこのライセンスをもっている。これに対してOFF LICENCEは、いわば不完全な酒販免許で、酒を売ることはできるが、客に飲ませることができない。
それでは、日本とどう違うか。実は日本の居酒屋・飲み屋・バーなどは、酒販免許を持っていない。たんに酒販免許を持たずに営業しているというのではなくて、飲食店は原則として酒販免許を取得することができないのである。例外はというと、同じ経営者が酒販店と飲食店を経営していても、完全に経営が分離されていて、酒販店として仕入れた酒類を飲食店のほうでは出さず、その分は他の酒販店から仕入れる場合である(この表現が厳密に正確かどうか自信がないが、大筋では正しいはず)。つまり飲食店は、自分で酒を仕入れることはできず、消費者と同様に酒販店から買わなければならない。その結果、どうなるか。日本では、飲食店の酒の値段が高くなる。小売価格で酒販店から買って、これに経費や利益を上乗せするのだから、当然である。これに対して英国のパブやレストランは、卸売店や酒造メーカーから安く酒を仕入れているから、酒を安く売ることができる。パブのエールの場合は、酒だけの客が多くて料理で利益を上げにくいこと、またリアルエールなど市販されているものより手をかけた原価の高い酒を出していることから、比較が難しいのだが、大手チェーンのパブなどでは、市販の缶入りでも1.5ポンドくらいするエールをカスクの状態で2ポンド程度で出している。ワインも安く出す店が多く、スーパーなどで売っている値段の5割増し程度で出していることが多い。だから安めのワインなら、ボトルで10ポンド(2100円)程度で飲める。
酒税については以前も書いたが、酒販免許がこれに加わって、実は酒の価格というのは市場メカニズムによって決まる以前に、制度によって大きく決定されているのである。そしてその結果、日本人は飲食店で高い酒ばかり飲まされる。酒屋で買ったときより格段に高いから、経済的に苦しくなると外で酒を飲まなくなり、居酒屋不況が起こる。とくに、ビールの酒税が高すぎることの影響は大きい。日本の居酒屋は経営難で閉店するところが多くなっているが、これは政府の政策が間違っているからである。