橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

「天狗」の松茸料理

classingkenji2008-10-14

今日は、妻とその仕事関係の知人である英国人の三人で、「天狗」の東京駅前店へ。この季節になるとメニューに載る、松茸料理を食べさせてやろうという趣向である。松茸料理は二種類で、写真の天ぷら(七一四円)と土瓶蒸し(六〇九円)。天ぷらは野菜の天ぷらとともに盛られていて、わずかに揚がりすぎかなという色。この値段だから、極薄になってしまうのはしかたがないが、何とか香りを保っている。土瓶蒸しは、材料に鶏肉と魚のすり身を使っていて、少しアミノ酸臭のある出汁の味がちょっとうるさいが、この値段なら文句はいうまい。英国人も、美味しいと喜んでいた。酒は、「大山」の純米大吟醸(三九九円)。
「天狗」は昔から、酒のうまいチェーンだった。学生時代に行き始めたのだが、当時好きだったのは、ワインが高かった当時としては画期的だった一ミリリットル一円という価格で売り出したカリフォルニアワイン、そしてワイルドターキーとほぼ同等品というバーボンのソーダ割り。その後、チェーン店は進化を続けていて、「天狗」の優位は失われてきたが、酒の充実度という点ではいまでも負けていない。しかし、かつては大入り満員だったこの店も、空席が目立つ。デフレの影響だろうか、経営するテンアライド社は、「天狗」もより安い業態である「テング酒場」を始めた。豚のモツ焼きと焼鳥をメインに、さつま揚げや串カツ、枝豆、えいひれといった、ありふれた居酒屋料理を出す店で、ホッピーも出す。テンアライド社はこの業態を「居酒屋の原点回帰」と呼んでいる。原点回帰とは言い得て妙で、まさに大衆酒場の模倣である。廃業の相次ぐ大衆酒場の空白を埋めるのか、それとも競合して廃業に拍車をかけることになるのか。気になるところではある。(2008.10.8)

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