『天国と地獄』(黒澤明監督・1963年)
製靴会社の重役、権藤(三船敏郎)のもとへ、息子を誘拐した、身代金三〇〇〇万円をよこせと電話がかかってくる。誘拐されたのは息子ではなく、息子と一緒に遊んでいた別の子どもだったのだが、権藤は身代金を支払うことを決意する。警察が大人数を動員して警戒したにもかかわらず、特急列車の窓から現金の入ったバッグを投げ捨てさせるという巧妙なやり方で身代金は奪われ、子どもは帰ってくる。犯人は、権藤邸の近くに住むインターン生の竹内(山崎努)。権藤邸は横浜・浅間台の丘の上の大邸宅。その下の木賃アパートに住む竹内は、権藤に対する憎悪を募らせていた。
「私のアパートの部屋は、冬は寒くて寝られない、夏は暑くて寝られない。その三畳の部屋から見上げると、あなたの家は天国みたいに見えましたよ。毎日毎日見上げているうちに、だんだんあなたが憎くなってきた。しまいにはその憎悪が、生き甲斐みたいになってきたんですよ。」
警察の仕掛けにかかった竹内は、実はすでに死んでいる共犯者を殺すためのヘロインを入手しようと、売人と接触する。その場所が、ここ伊勢佐木町の酒場である。中央のサングラスの男が犯人。これがデビュー作の山崎努はハンサムで、加藤剛にちょっと似ている。しかし、不思議な酒場だ。写真のように料理人はねじり鉢巻きをしており、女給は白の割烹着で頭巾をかぶっている。料理人の後ろには、「多聞」の大樽が並ぶ。ところが料理は多国籍で、五目そば、鶏そばが一五〇円、すき焼きが二〇〇円と二五〇円、豚鍋が二〇〇円、チキンライス、オムライス、ハンバーグが一〇〇円、ステーキが三〇〇円など。酒は、生ビールが一〇〇円、ウイスキーが数種類あり、ニッカ五〇円、サントリー一〇〇円、バーボン二〇〇円、スコッチ三〇〇円。カクテルもあり、ジンフィズが一五〇円。メニューには英語とハングルが混じり、客には米国人がちらほら。ジュークボックスがあり、ジャズが流れ、客はダンスをする。当時の横浜には、こんなスタイルの酒場がいくつもあったということだろうか。新宿のやきとりキャバレーの例もあった。異種文化混交が、当時の酒場のひとつのスタイルだったのかもしれない。
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