橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

「大越」

classingkenji2008-02-11

同じく神田のガード下、「升亀」の隣にあるのが、この「大越」。勝とも劣らぬ、素晴らしい大衆酒場である。ここも、広い。六人掛けから一二人掛けのテーブルが一五卓ばかりあり、一〇〇人以上は入れそうだ。「升亀」が典型的な大衆酒場とするなら、「大越」はやや大衆割烹風になる。毛筆で書かれたメニューの冒頭には、「いつも新鮮な大越の御さしみ」書かれ、盛り合わせ(二五〇〇円)、三点盛り(八〇〇円)、十種類ほどの刺身単品(四〇〇−六〇〇円)が並ぶ。三種盛というのもあり、これは刺身、天ぷら、焼き物のセットとのこと。これも、八〇〇円だ。メニューの裏を見ると、魚介類の天ぷら、塩焼き、照り焼き、蒲焼き、フライなど。いずれも、安い。酒は生ビールが六三〇ミリリットルの大ジョッキで六〇〇円、大瓶は五〇〇と、やはり安い。酎ハイは三〇〇円、清酒は二二〇円だが、これとは別に「特級酒」というのもあり、こちらは三五〇円。特級酒とは懐かしい言葉だが、何かの純米酒でも出すのだろうか。そのほか、ポテトサラダ、肉豆腐、揚げ出し豆腐(いずれも四五〇円)などの居酒屋メニューが並ぶ。これほど素晴らしい、しかも規模の大きい大衆酒場が二軒並んでいるというのは、一種の奇跡のように思える。
今日に関しては、「升亀」の方が繁盛していて、「大越」はかなり空席がある。私の席からみえたのは三〇人だが、渋めの店だけに、若者は少ない。二〇代カップルが一組と、見るからに芸術家風の先生に連れられてきた二〇代の若者が三人いるだけ。「升亀」のように、学生のグループが盛り上がったりするような店ではないということだ。スーツにネクタイ姿のサラリーマンも、九人。女性は、芸術家先生の奥様と思われる一人と、カップルのうちの二人だけ。その分、活気と言うよりも落ち着きが感じられる。この店も割烹らしく、焼き鳥類はつくね二本三〇〇円というのがあるだけ。煮込み(三〇〇円)があったので注文してみたが、白味噌風味に大根とこんにゃくが入った、品のいい味のものだった。刺身三点盛は、分厚いマグロとハマチが、それぞれ四切れと三切れ、それに青柳四つが盛り込まれ、コストパフォーマンスは高い。(2008.2.2)