橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

浜田山「かのう」

classingkenji2009-03-31

吉祥寺からの帰り、井の頭線で浜田山駅に停車したとき、線路際に商店街らしい小さな木造家屋が線路に背を向けて建ち並び、そのひとつに「大衆酒蔵 かのう 当所」と書かれた看板があるのがみえた。裏側からみても、何とも心ひかれる雰囲気である。思わず飛び降り、線路を渡って商店街に出る。思った通り、小さな店の建ち並ぶ古い商店街で、その中ほどに「かのう」があった。二階のベランダには、エアコンの大きな室外機が置かれ、洗濯物が垂れ下がる、生活感あるたたずまい。そして一階は、下町風の大衆酒場。中に入ると、左側にカウンター八席、右には四人掛けテーブルが二つ、奥には一〇人ほど入れそうな座敷がある。適度に古びた、典型的な日本の居酒屋空間である。
メニューは幅広く、やきとり・もつ焼きと各種の魚介料理が共存する。値段は、井の頭線の高級住宅地であることを考えれば、安いといっていい。ビールはサッポロで、大生七五〇円、中生四五〇円、大瓶六〇〇円、日本酒四〇〇円、サワー類三二〇円。やきとり・もつ焼きは二本で二〇〇円から二五〇円が中心。あじ刺六〇〇円、かつお刺八〇〇円、たたみいわし三〇〇円、あさりバター四八〇円、さつま揚げ三八〇円、菜の花三五〇円など。地元の中高年がぽつりぽつりと入ってきて、カウンターに座る。もつ焼きは、ほっとするような普通のおいしさ。菜の花は、思いのほか量が多く、ゆっくり飲むことができた。
いい店だ。東京中に知られるようになるタイプの「名店」ではないけれど、地元商店街でいちばんの大衆酒場、といった風情である。こんな店がある駅も、山の手方面には必ずしも多くはない。好ましい「山の手大衆酒場」の典型のような店。沿線の人は、たまに途中下車してみましょう。(2009.3.26)

杉並区浜田山2丁目19-6