橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

亀有「江戸っ子」「加賀廣」

classingkenji2007-02-19

千代田線に乗って亀有へ。ここは、学生時代に六年間ほど住んだ場所である。貧乏学生のくせに本だけはたくさん持っていたので、本棚がいくつも置ける広い板の間があって、家賃の安いアパートを探した結果、必然的にここに落ち着いたというわけである。駅前は大きく変わった。南口の古い商店街が広がっていた場所には、広いロータリーと、イトーヨーカドーを中心とするショッピングセンターができ、以前の面影はない。しかし私が住んでいた北口のほうは、多少きれいになったものの、さほど変わっていない。懐かしさもあって、一年に一回くらいは飲みに行きたくなる。
もっとも住んでいた当時は、近所へ飲みに行くような金がなかったから、居酒屋についての記憶はあまりない。それにしても、有名なもつ焼き屋の「江戸っ子」を見落としていたのは不覚だった。ここなら、貧乏学生でもたまには飲みに行けたはずだが。この店は長いカウンターが左右にあり、右が椅子席、左が立ち飲みである。モツ焼きは七〇円から。ビールはキリンの一番絞りで、大瓶が五〇〇円。しかし名物は二九〇円のハイボールで、ほとんどの客はこれを飲んでいる。黄色みを帯びたこのハイボールは、天羽乃梅を使ったものとは味が違う。少し濁っているところをみると、店で果汁をブレンドしているのかもしれない。客はすべて三〇代から六〇代の男性で、ほとんどはカジュアル姿。一人だけ、スーツにネクタイ姿の上に黒いウールのコートを着た恰幅のいい五〇代の紳士がしみじみとハイボールを飲んでいる。長居する店ではない。店には張り紙があり、「酒気帯びお断り。長い人(三〇分以上)はお断りすることも」と書かれている。次々に注文が飛び、同じように小柄な六人の女性がてきぱきとさばいていく。
最近できた店も多い。駅のすぐ前にも二軒ほど立ち飲み中心のもつ焼き屋があるが、今日行ったのは、駅から少し金町方向に歩き、左に入ったところの「加賀廣」。二年ほど前に立ち寄ったときは、開店して一ヶ月目とのことで店内は真新しく、客も少なかったが、今日はほぼ満員。店の雰囲気もこなれてきた。ビールがスーパードライというのは残念だが、ホッピーセットが三五〇円、中二〇〇円、外二二〇円だから、これを飲めばいい。焼酎は金宮がメインで、ボトルキープもできる。ここで珍しいのは、豚モツの刺身が揃っていること。ガツ、レバ、コブクロあたりは珍しくないが、正真正銘生のままのタン、ハツがある。湯通しされているが、シロ刺というのも珍しい。頼んでみると、斜めに薄くそぎ切りされたものが八切れ。きれいな色だ。臭みはなく、澄んだ味。刺身類はすべて三八〇円、串焼きは三本で三〇〇円。客のほとんどはカジュアル姿で、九割が男性。若い人も多く、仕事帰りらしい四人組、そして異彩を放つノーネクタイでスーツを着たスキンヘッドの二人組など。スーツにネクタイ姿は五〇代の二人組だけ。親子連れ、夫婦連れも何組かいて、ちょっと家庭的な雰囲気もある。ホッピーセット二つに中が二つ、モツ焼き六本とシロ刺身で、二〇八〇円。
今回、亀有に立ち寄ったのには、実は目的があった。先日、「グランマップ全東京23区版」という住居地図のソフトを買ったのだが、これがなかなか面白い。二三区全体の住居地図がすべて収められているというだけでもすごいのだが、電話帳検索という機能があり、人名や法人名を入力するとたちどころに検索してくれて、検索結果をクリックするとその場所の地図にジャンプする。そこで「橋本健二」と入力して検索したところ、亀有駅のすぐ近くに橋本健二さんが住んでいて、しかも同じ建物に居酒屋があるというのである。これは、行ってみないわけにはいかない。しかし、結果からいうと空振りに終わった。店の女主人も住居地図のことは知っていて、「そういえば橋本健二って出てるわねぇ」と言っていたが、まったく心当たりはないとのこと。居酒屋店主の橋本健二さんにライフヒストリーでも聞ければと思っていたのだが、残念である。(2008.2.19)