橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

藤木TDC『昭和酒場を歩く──東京盛り場今昔探訪』

休刊になってしまった『荷風!』は、いい雑誌だった。アカデミックな香りが強い『東京人』とは対照的に、猥雑な盛り場性を濃厚に湛えた本の造りが魅力的で、号によってややムラがあったとはいえ、十分な情報量があり、読み応えがあった。なかでも藤木TDCの書く記事には、その核の一つともいうべき存在感があった。川本三郎は両方の雑誌に書いたけれど、藤木TDCは『荷風!』にしか書かなかった(たぶん)。これが、二つの雑誌の違いを象徴していた。
本書は、彼が『荷風!』に書いた珠玉のようなルポを集めたもの。新宿から始まり、池袋、中央線沿線、小岩、大井町、品川と進むが、決して渋谷、六本木や赤坂は登場しない。出てくるのはうらぶれた路地裏の酒場とスナック、そして絶滅危惧種のグランドキャバレーだ。どの一文も、滅び行くように見えながら、しっかり生き残る昭和の酒場への愛情に満ちている。表通りばかり歩いている人は、これを読んで東京の本当の姿を知ることだ。そして同じく昭和酒場を愛する同好の士なら、静かな感動を味わえるに違いない。

昭和酒場を歩く―東京盛り場今昔探訪

昭和酒場を歩く―東京盛り場今昔探訪