橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

浜田山「かのう」

classingkenji2010-04-05

昨年の3月、この店をたまたま見つけて紹介したが、その数ヶ月後、店主の息子さんという方からメールがあった。店を紹介していただいてありがとうございます、両親に見せたところ、「長い間やってると、誉められることもあるんだねぇ」と喜んでいました、残念ながら店は、建て替えで二〇一〇年中には廃業する予定です、その前にもう一度、飲みに来ていただけませんか──こういう内容だった。
この日になって、ようやく息子さんと待ち合わせて再訪することができた。聞けば店主のお父さんが戦後に始めた店で、店主は大学を出たものの店を継ぐこととし、店が現在の形になったのは一九六七年とのこと。すでに四〇年以上を経た、立派な古典酒場となったわけである。
うれしい話を伺った。ご両親も、ほんとに店をやめてしまうかどうか、迷うところがあったらしい。ところが、このブログで紹介されたこともひとつのきっかけとなり、店を続けることにしたのだというのである。店はビルに建て替え、一階にはテナントを入れるが、三分の一程度のスペースを使って、カウンターとテーブル二つ程度の小さな店を作るのだそうだ。店は今日も満員だ。客は、近くの工場の工員から、いかにも裕福そうなご夫婦まで多彩で、しかも皆さん、くつろぎながらも騒ぐことなく、和やかに飲んでいる。形は変わるとはいえ、こんないい店が続くのは、喜ばしい。ブログがこんな形で、わずかながらでも役に立つのは、たいへんうれしいことである。(2010.3.13)

杉並区浜田山2丁目19-6