橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

三軒茶屋「とん起」

classingkenji2009-03-25

昨年からかかりきりになっていた原稿が、ようやく完成した。これから版組にかかるが、出版は少し先で、秋口になる予定。300枚以上の原稿を書き上げたあとだから、しばらく仕事をする気がしない。そこで仕事とあまり関係のない本を読みながら、WBCの日本−韓国戦を見る。イチローは、やはり役者だねぇ。
試合が終わったところで外出。どこへ行こうかと迷ったが、まあまあ近い三軒茶屋へ。三軒茶屋では、玉川通りと世田谷通りにはさまれた、元ヤミ市の三角地帯で飲むことが多いのだが、気になる店はほぼ行き尽くしてしまったので、目先を変えて玉川通りを渡った向こう側へ行ってみる。路地に入ると、「やきとり とん起」の文字。これは、入らないわけにいかない。
L字型カウンターに一〇席ほどだけの小さな店で、向こう側の冷蔵ケースに、きれいに形の整った豚モツの串が整然と積み上げられている。このようすをみれば、いい店だと一目で分かる。まずは、サッポロ黒ラベルの中瓶(四五〇円)ともつ煮込みを注文。突き出しの枝豆を食べながら待つ。客は、中年夫婦が一組で、店主とWBCの試合の話をしながら、小さなテレビで相撲を観戦している。出てきたもつ煮込みは、味噌仕立てのすっきりした味。やきとりは、一本八〇円。カシラ、シロ、ナンコツといただいたが、とくに肉のついた部分と気管の軟骨だけの部分を交互に刺したナンコツが秀逸。この店は、何でも安い。レモンサワーは、キンミヤ焼酎ハイサワーの開けたての小ボトル一本、そのつど割る氷を使って三〇〇円、日本酒も三〇〇円。冷奴、納豆が二〇〇円、お新香三〇〇円、にら玉三五〇円など。
近くにあったら、ときどき行って常連になるだろう。しかし、この値段では生活が楽であるはずはないし、後継者も確保できまい。こういう消えゆく運命にある店が、都内にいくつあることか。(2009.3.24)

世田谷区三軒茶屋1丁目36−13