橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

広尾「百川」

classingkenji2009-08-06

二軒目は、先に歩き回ったときに目をつけておいたこの店。広尾商店街から、南側の横道に入り、突き当たりを右に曲がった、公園に面した場所にある。看板には「季節料理」の文字。いかにも正統派の居酒屋だ。紺色の暖簾が美しい。
店内は、さほど広くはない。カウンターが四席、四人掛けのテーブルがあり、置くには座敷があって、四人用のテーブルが二つ。二階もあるにはあるようだ。まずは、生ビールをいただく。サッポロビールで、中ジョッキが五五〇円。瓶ビールも同じ値段だ。メニューは魚料理が中心で、刺身が六〇〇円から八〇〇円、そしてその日に入った時価の刺身が三種類ほど。隣の客が食べていた酢の物がおいしそうだったので、私も頼んでみる。中身は、ワカメ、キュウリ、タコ。歯ごたえのあるワカメ、味のあるタコ。おいしい酢の物を久しぶりに食べた。これで、五〇〇円。場所柄、やや高くつくのを覚悟していたが、普通の値段である。酒を高清水の冷酒に切り替え、刺身をいただくことにする。マコガレイは透明感があり、しゃっきりした歯ごたえ。縁側の部分を切り離すのではなく、身の部分といっしょに切ってあるので、少しずつ楽しめるのがうれしい。今日はいい秋刀魚が入っているというので、これも注文。身がしまっているのに柔らかい舌触り。切り方も、豪放かつ繊細で、銀色の皮が輝いている。
ご主人は、この店を開いて四二年になるとのこと。二八歳で初めて、御年七一歳。ときおり小さなビールグラスに生ビールを注いでは、味わっている。バブルの頃、表の商店街はおおかた地上げにあい、横道に入ったこのあたりにまで話があったとのこと。おかげで商店街は大きく変わり、昔から商売をしている人はほとんど残っていないとか。都心の下町は、こうして失われていった。生ビールを追加して、少し酔いが回った頃に、おいとますることとする。勘定は、五一〇〇円。刺身のグレードを考えれば、リーズナブルだろう。

渋谷区広尾5丁目10-1