橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

「東京五人男」(本木荘二郎制作・斎藤寅次郎演出・1945年)

classingkenji2009-01-29

1945年に制作され、年末には上映(一般公開は46年正月から)されたという映画。占領軍の指導の下で作られた「民主主義啓蒙映画」のひとつだが、撮影時期が時期だけに、復興どころかまだ一面の焼け野原にバラックが建ち並ぶ東京の姿がリアルに映し出され、配給所や国民酒場の様子もうかがえる貴重な記録である。国民酒場というのは、戦中から戦後にかけてできた公営の酒場で、配給の酒を飲むことのできた場所のこと。敗戦直後の混乱のなかでも、酒に対する欲求は抑えがたく、開店前から何百人もが長蛇の列を作って待っている。入り口の看板には「櫻丘国民酒場」とあるが、これは撮影場所が渋谷区桜丘だったからで、この建物が実物かどうかは不明だが、大がかりなセットを作る余裕などなかっただろうから、少なくとも何かの公共施設には間違いないだろう。
店が開くと客がどっとなだれ込み、酒を飲みながらヤミ市でぼられた話をしたり、とっくりに半分だけ残った酒で日用品を売り買いしたりしている。酒場の店主は悪者で、燃料用のアルコールに混ぜものをして出したり、酒を横流しして金儲けをし、キャバレーの経営者に転身しようと企んでいる。この企みの前に立ちはだかるのが、主人公の古川ロッパ、後に国会議員となった「のんき節」の石田一松などで、顛末には外部注入式民主主義思想が濃厚。その意味でまさに啓蒙映画だが、その歴史的記録としての価値は失われることがない。残念ながら、ビデオなどは発売されていない。とっくに著作権は切れているので、機会があったら、飲みながらの上映会でもやりましょうか。