橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

立会川「いっぱちや」

classingkenji2008-02-14

今日は入試の最終日だったのだが、思いのほか早い時間に業務から解放された。まだ外は明るい。行ったことのない街へ行き、夕刻になってから居酒屋に入る。こんな楽しみができるシチュエーションである。懸案の未踏の地、旧東海道京急線方面へ行ってみるとしようか。
品川駅の港南口を降り、少し南へ歩けば旧東海道の商店街がある。地名は、北品川。品川で京急線に乗り換え、羽田空港へ向かいはじめた時に「あれ?」と思った経験のある人は少なくないはずだ。品川から空港に向かって南下しているはずなのに、なぜ次の駅が「北品川」なのか。それは、品川駅が実は品川区ではなく港区にあるからだ。駅を出て三〇〇メートルほど南下してはじめて品川区に入り、そこが北品川なのである。商店街は唐突に始まり、小さな商店が両側に並ぶ風景が目の前に広がる。電信柱が林立し、電線が道の左から右へと何十本も走って空を覆っているのも、今ではけっこう珍しい。魚の匂いがする。生活のある街には、魚屋がある。だから、ときおり魚の匂いがする。道幅は狭く、車は少ないから、散歩するにも悪くない。あちこちに、街の歴史由来を知らせる案内板がある。観光に来る人もいるようで、六〇歳ほどの女性数人のグループが、きょろきょろしながら歩いている。二〇分も歩くと青物横丁の近くに出るので、京急線に乗り、二駅先まで。目指したのは、立会川である。
駅を出ると、すぐ目の前に細い商店街がある。ここは、下町だ。武蔵野台地の南端は、品川区と大田区の真ん中を走っていて、そこにはやはり坂がある。坂を上ると高級住宅地であり、坂を下りると工場街だ。工場街には、安い商店街があり、飲食店がある。今日は、これを見たかったのだ。すぐ近くに、まだ四時前だというのに開いている居酒屋があった。それが、この「いっぱちや」だ。店の前には、片側に「にこみ」、反対側に「もつやき」と書かれた提灯が下がる。まさに、うってつけの店である。店に入ると、右にカウンター、左にはテーブル席。カウンターには、すでに三人の客がいる。まずは、ビールと煮込みを注文。小さなジョッキでサーバーから注いだ生ビール、そして白い小鉢に盛られた煮込みが出てくる。見たことのないタイプの煮込みだ。醤油味だが、煮汁は透き通っていて、わずかに大根のかけらがある以外、ほぼシロもつのみ。味は、見た目と同じく透き通った味だ。カシラ、シロ、ガツと二本ずついただいたもつ焼きも、水準以上の味。ガツ刺しも、一切臭みのない品のいい味だった。これにチューハイを三杯いただき、勘定をお願いする。実はこの店、値段表というものがない。壁を見ると、「2 380/3 540/4 760……」というように、一九〇の倍数をずらりと書いた紙が貼られていたから、これが単位になっているのだろうとは思ったが、まさか煮込みや生ビールが一九〇円ということはあるまい……と思ったら、一九〇円均一だった。もつ焼きは、二本で一九〇円。おそらくは、昔は一八〇円均一で「いっぱちや」だったのが、消費税導入か何かで、やむなく一九〇円にしたのだろう。なので、勘定はわずか一七一〇円。驚くべき安さ。
山の手−下町の対概念が、江戸の範囲を超えて広がった時、墨田・荒川・葛飾など東の郊外が下町に、世田谷・目黒など西の郊外が山の手となった。このとき品川・大田は、下町と山の手に分かれたのである。だから京急線は、南の京成線である。都営浅草線を介してつながっているのは、決して偶然ではあるまい。惜しいのは、ハイボールがないこと。ぜひこの地域にも、ハイボールを広めてほしいものである。(2008.2.8)

いっぱちや
品川区東大井2丁目23-1
03-3765-8181