橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

四つ木「ゑびす」

classingkenji2008-04-24

立石の隣の駅が、四つ木。荒川のすぐそばで、かつてセルロイド工場が集中する工場街だった場所。駅は何の変哲もない高架式だが、階段を下りて左手に出ると、昭和の雰囲気の古い商店街が始まる。五分ほど歩くと、商店街は右側にゆるくカーブしていくが、そのすぐ先の左側にあるのが、「ゑびす」。幅広い暖簾に、「大衆割烹」と大書されているからわかりやすい。前回来たのは昨年の七月、五万アクセス記念だった。
中に入ると幅広のコの字型カウンターがあり、右奥には座敷がある。写真にみるとおり、驚くほど品書きが多く、そして安い。刺身だけでも二〇種類ほどあり、値段は三〇〇円台から四〇〇円台。このほか、黒板には本日おすすめの刺身が十数種類も書かれ、それぞれに三陸、淡路、江戸前などと産地の表示がある。
今日は、黒板メニューの中でいちばん高い勝浦産のかつおの刺身(五三〇円)を注文した。深みのあるきれいな赤身で、適度に脂がのり、たいへん美味しい。客の多くは地元の中高年だが、座敷の方には家族連れの姿もみられる。野球帽をかぶった客が多いのも、下町大衆酒場らしいところ。スーツにネクタイ姿などは、ほとんど見ることがない。まるで滝田ゆうの漫画に出てくる女将さんみたいな女性の一人客もいる。隣の五〇代の男性二人連れは、だいぶ酔いが回っている。「俺は江戸っ子だ、北の丸公園を分譲するのが俺の夢なんだ」とスケールの大きいことをいい、一人で来ていた女性に笑われている。
下町のこういう居酒屋に来ると、常連客が店を中心につながり、ある種のゆるいコミュニティを作っているのを感じる。ビジネスでもプライベートでもない、パブリックな空間である。サイデンステッカーは、東京はアイルランドのダブリンに似ている、パブでみんな仲間になる、と語っていたことがある(『毎日新聞』一九九八年五月一一日)。そんな居酒屋が多いのは、下町である。(2008.4.11)

葛飾区四つ木1-32-9
16:00〜23:00 火休