橋本健二の居酒屋考現学

居酒屋めぐりは私の趣味だが、同時にフィールドワークでもある。格差が拡大し、階級社会としての性格を強める日本社会の現状を、居酒屋に視座を据えて考えていきたい。日々の読書・音楽鑑賞の記録は、「橋本健二の読書&音楽日記」で公開中。社会学専攻、早稲田大学人間科学学術院教授。

本厚木「十和田」

classingkenji2007-09-09

「元湯旅館」から車で本厚木駅まで送っていただいたあと、駅前商店街を散策。すると昼間からやっている居酒屋があり、店頭に掲げられたメニューには「ホッピー樽生」の文字を発見。これは、入ってみないわけにはいかない。入ってまず、壁一面に貼られた絵入りのメニューに瞠目した。イカミョウガ、ホッケ、厚揚げなど、ひとつひとつが芸術作品といっていいほどの見事さ。しっかりした技術を身につけ、さらに素材や料理の特徴を知り尽くしていて初めて画ける絵だと思う。生樽ホッピーは、さほどきれいな泡ではないが十分美味しい。味わいながら、しばし絵に見とれていた。まだ満腹感が収まらないので、泥鰌の唐揚げ(四〇〇円)だけ注文し、ホッピーをお代わりする。生樽ホッピーは三八〇円、生ビールは四九〇円。都内の居酒屋では、生ホッピーと生ビールの値段があまり変わらないことが多い。ここでは、ホッピーの方が明らかに安いという価格体系が生き残っている。
一階はカウンター六席、四人掛けのテーブル席が五卓。二階もあるようだ。客の多くは、五〇代から六〇代の男性だ。六〇代男性四人組が、和気あいあいと飲んでいる。ドレスシャツが二人、アロハとポロシャツが一人ずつ。そこに、やはり六〇代の男性二人が入ってくる。ドレスシャツとノーネクタイのスーツ姿。先の四人組と知り合いらしく、先客は「何でいるの分かったんだよ、匂いがしたの?」などと笑い、入ってきた方は笑いながら「同じものくれる?」と注文する。他には、カジュアル姿の五〇代男性二人、三〇代男性二人が。本厚木で、思わぬ名店に巡り逢った。今日はあまり時間がとれなかったが、いつかゆっくり飲みたいものである。